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2023-04-24 DX データ活用 サステナビリティ
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“人”の体験価値を高めるDX、小野薬品工業×NSSOLが取り組むヘルスケアデータ活用の“攻め”と“守り” データの入口から出口までを織り込んだ匿名化・仮名化を実現

写真左から
NSSOL 技術本部 システム研究開発センター主務研究員 波多野 卓磨氏
小野薬品工業 デジタル戦略企画部 データ戦略企画推進室 主幹部員 山下 信哉氏
NSSOL 社会公共ソリューション事業部 ソリューション企画推進部 技術グループ エキスパート 蓮井 涼祐氏

創業300年を超える小野薬品工業が、デジタルトランスフォーメーション(DX)戦略の一環として全社データ活用基盤「OASIS」を立ち上げた。その目的の1つに、部署ごとに閉じてきたデータ活用の“サイロ化”を解消し“全社横断”のデータ活用の実現がある。だが、新薬開発などに関わる医療データの取り扱いには特に注意が求められる。そのため匿名化・仮名化といった対応の検討・実行を日鉄ソリューションズ(NSSOL)が支援した。医療データ活用に向けた取り組みや今後への期待を、OASISプロジェクトの担当者が語った。(本文敬称略)

─製薬業界におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)が本格化するなか、小野薬品工業は医療データ活用を柱とするDX戦略を打ち出しています。

山下 信哉(以下、山下):小野薬品工業 デジタル戦略企画部 データ戦略企画推進室 主幹部員の山下 信哉です。創業300年を超える当社は常に、小野にしかできない挑戦を続け、革新性や独創性が高い新薬を生み出してきました。

小野薬品工業 デジタル戦略企画部 データ戦略企画推進室 主幹部員
山下 信哉氏

医療・ヘルスケアに関係するすべての人の体験価値の向上を

山下:企業理念を実現し、当社らしい挑戦を加速するために打ち出した当社のDX戦略は“人”を中心に据えているのが特徴です。DXは一般に、技術中心の取り組みだととらえがちですが、当社では、患者とその家族、医療従事者、従業員など、医療・ヘルスケアに関係するすべての人に新たな体験価値を届けることが重要だと考えています。

製薬会社である当社は、多くの部門が種々のヘルスケアデータを保有しています。例えば、創薬における薬事承認を取得するために収集している臨床試験データや、新たな医療エビデンスを構築する目的で医療機関から収集する臨床研究データや安全性情報などのデータです。今後は、健康・医療・介護に関する個人情報であるPHR(Personal Health Record)をスマートフォン用アプリケーションなどで収集することも一般化してくるとみています。

これらのヘルスケアデータは、個人情報保護法の2度の改正により、「匿名加工情報」や「仮名加工情報」に加工すれば取得時に設定した目的以外に利用する二次利用が法的に可能になりました。この環境変化を当社は変革のドライバーととらえ、データを保護し種々のリスクを抑えながら、高度なデータ解析ができる環境を実装することにしました。

データ活用における“攻め”と“守り”を両立する

─小野薬品工業としては、どのようなデータ活用を目指すのでしょうか。

山下:AI(人工知能)・ビッグデータの時代を向かえた今、時代に対応しつつ会社全体でDXを推進するためには、これまで以上にデータの活用が求められると考えています。そのなかでDXが成功するためには、“攻め(推進)”と“守り(保護)”の両輪が重要だと言われています。

“攻め(推進)”は、上述したようなデータ活用における対象データや利用範囲の拡大が中心になります。さまざまなデータを予測や意思決定に活用するためには、高度な解析技術や、それに耐えうるデータ活用基盤が必要になります。

一方の“守り(保護)”では、最近のキーワードで言えば「デジタルガバナンス」の概念が重要になります。データを保護しつつ、リスクを抑えながら、データをいかに活用するかという、保護と活用を両立できる仕組みを構築しなければなりません。

ヘルスケアデータは従来、それを収集した部門がデータオーナーとして、目的外利用が起こらないよう厳格に管理してきました。しかし二次利用をうながすためには、部門を問わず必要なデータにアクセスできるよう、データ管理のあり方を見直す必要があります。

そもそも企業の責務として、ヘルスケアデータには厳格な管理が求められています。二次利用に向けた追い風があるとはいえ、万一、個人情報の扱いが原因で何らかのインシデントが発生すれば、企業の社会的信用を失墜させるリスクがあります。

ヘルスケアデータの二次利用に向けた“攻め(推進)”と“守り(保護)”をどう両立させるのか。この課題について当社では以前から議論を重ねてきました。結果、たどり着いたのが、全社共通のデータ活用基盤を構築し、その基盤上で二次利用を推進していくというコンセプトです。

具体的には、当社が「OASIS(Ono Advanced Scientific Insight Service)」と呼んでいる統合データ利活用基盤で、2022年8月に本番稼働しました。現在は、OASISへのデータ投入しながら、ヘルスケアデータの二次利用を現在進行形で進めています。

新データ活用基盤でデータ活用プロセスを網羅的に支援

─OASISは、どのようなデータ活用基盤なのでしょう。

山下:OASISは、小野薬品の各部門が保有しているヘルスケアデータや、商用のRWD(Real World Data)、広く公開されているオープンデータなどを横断的に分析できる統合データ活用基盤です。部門ごとに管理してきたデータを一元管理でき、これまで以上に強固なデータガバナンス体制を実現しました。

ヘルスケアデータを二次利用し、多様な角度から分析することでデータの価値を最大にまで引き出せます。一層のエビデンス創出に対するニーズを満たすだけでなく、研究開発サイクルを短期化したり、新しいビジネスモデルを確立したりという効果も期待しています。

OASISの最大の特徴は、データの管理だけでなく、データ活用プロセスにおいて必要な機能やサービスを網羅的に実装していることです(図1)。データを取り込む際のデータ設計から、取り込み時の形式変換、データのカタログ化、二次利用のための匿名化・仮名化、AIモデル開発、アクセス制御までをカバーしています。

図1:小野薬品工業の統合データ活用基盤「OASIS(Ono Advanced Scientific Insight Service)」の全体像

山下:いずれもデータ利用者の手をできる限り煩わさずに、安心・安全に多様なデータ活用に取り組んでもらうための“攻め(推進)”の施策です。そこでは、従来の各部門によるサイロ化した管理から脱却し、デジタル・IT部門と、データの管理者であり利用者でもある現場が共同でデータ基盤を整備・運用することで、データの流通をうながし、データの活用度を高めていきます。

デジタル・IT部門と、部門や利用者との役割分担としては、OASISに取り込む前のデータはそれを保持する各部門がデータオーナーとして、OASISに取り込み二次利用する匿名化・仮名化したデータおよびシステム全体のセキュリティはデジタル・IT部門が、そのデータの利用に関しては利用部門が、それぞれに責任を負う体制にしました。

ヘルスケアデータの二次利用には明確な指針がない

─ヘルスケアデータの二次利用は、どのようなプロセスで進むのでしょうか。

山下:2022年4月に施行された個人情報保護法や、認定個人情報保護団体である日本製薬団体連合会(日薬連)のガイドラインなどでは、匿名加工情報や仮名加工情報が定義されています。ですが、製薬企業が主に取り扱うヘルスケアデータを具体的にどう取り扱うのかについては、情報が少ないのが実状です。特に「仮名加工情報」の取り扱いは製薬業界には参考になる事例があまりない状況でした。

そもそも製薬業界には、薬機法(正式名は「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」)などのように業界特有の法律やガイドラインが多くあります。二次利用のためには、個人情報保護法も含めた、さまざまな法制度を踏まえたルールなどビジネスシステムの設計が必要になります。医療分野で知見の深いパートナー企業との協業を模索していました。

OASIS構築に向けたベンダー選定を経て、日鉄ソリューションズ(NSSOL)にパートナーとして対応して頂くことにしました。NSSOLは、次世代医療基盤法に基づく政府認定事業において、実際に医療情報を匿名加工した実績を持つ、国内では数少ない事業者の1つです。統合データ活用基盤の構築実績もあり、技術面と業務面の双方からの支援を期待しました。

蓮井 涼祐(以下、蓮井):NSSOL 社会公共ソリューション事業部 ソリューション企画推進部 技術グループ エキスパートの蓮井 涼祐です。当社の社会公共ソリューション事業部では、次世代医療基盤法に基づく認定事業に取り組んでいます。

日鉄ソリューションズ 社会公共ソリューション事業部 ソリューション企画推進部 技術グループ エキスパート
蓮井 涼祐氏

今回のOASISの実現に向けては、システム全体を当社の統合データマネジメント基盤「DATAOPTERYX」で運用。そのうえで二次利用のための匿名加工・仮名加工には、認定事業における匿名加工に利用実績がある匿名加工データ流通ソリューション「NSDDD\エヌエスディースリー」を活用しています。

データの加工や提供のためのルールの決定がカギに

蓮井:匿名加工・仮名加工を簡単に説明すれば、法律に定められた基準に基づいて、特定の個人が識別できないように個人情報を加工することです。具体的には、データを削除したり、一見ランダムに見える文字列や一般化した値に置き換えたりします。この処理はNSDDDが持つ機能で実現可能です。

しかし、その際に重要なのは、その加工方法や提供方法を定めることです。そのためには、(1)データの二次利用の目的、(2)データに関わる法令/契約の順守、(3)データが含む項目と意味の調査と正しい理解が不可欠です。

各種要件を満たす加工方法や提供時のルールについては、山下様や小野薬品の法務部門の担当者様と共に検討し、最終的には「個人データ加工審査委員会」という会議体が、適切に判断されているかを審査し確定します。こうした業務プロセスや、OASISが対象にするデータごとに策定した個別ルールは「データセキュリティ・ガイドライン」という文書にまとめ蓄積しています。

山下:補足すると、ガイドラインには「リスクベースアプローチ」という概念を落とし込んでいます。このアプローチにより、情報の削除や加工によって再識別リスクが低減する一方で研究などに必要な情報も同時に失われてしまうというジレンマを解消しているのです。

具体的には、データ利用者のリスクを踏まえたうえで、リスクをどの程度許容するかを評価する「事前リスク評価」の後に、「再識別リスクを低減するための加工設計」を施し、加工後のデータに「安全性・有用性の問題がないかの評価」をすることによって実現しています。

波多野 卓磨(以下、波多野):NSSOLシステム研究開発センター 主務研究員の波多野 卓磨です。研究開発部門に所属し、プライバシー保護技術の研究と実適用を担当しています。

日鉄ソリューションズ 技術本部 システム研究開発センター主務研究員
波多野 卓磨氏

波多野:実のところ、匿名加工・仮名加工に必要な技術自体は決して難しいものではありません。ただ蓮井が説明したように、どの法制度・契約を参照して、どう加工・提供すべきかを決める際に配慮すべき点が多いことが、難易度を高めています。その難易度の高さは、実際の案件に携わって初めて気づけました。

例えば、プライバシー保護技術に関する学会では、先進的な技術を用いた新しいデータ活用手法が提案されています。一方で、実際に技術を現場に適用するためには、業界や業務ごとの法制度やルールなどの制約への対応も検討する必要があります。先進技術の実用化を担う部門の一員として、必要な匿名・仮名加工に、まずは人手で対応しながら、効率化・省力化に向けた課題の抽出と研究テーマの検討を継続しています。

山下:データ活用が本格化してくれば、扱うデータの量や種類も急増し、その利用目的も多様化するはずです。そうなれば、匿名・仮名加工への対応負荷が課題になると想定できます。パートナーであるNSSOLと協力しながら対応していきたいと考えています。

データ活用の本格化に伴う変化に備える

─今後の取り組みについて、教えてください。

山下:OASISで活用できるデータのさらなる拡充を図っていきます。OASISによるデータ活用は、医療・ヘルスケアに関わるすべての人の体験価値の向上や、創薬における開発期間の短縮など多様な可能性を秘めています。その推進・拡大のために、デジタル・IT部門は、あらゆる手を尽くしていきます。さらに当社の取り組みを社外にも発信し、製薬業界全体のデータ活用拡大に貢献したいと考えています。

蓮井:OASISを基盤とした社内外のデータ流通における効率化・省力化の実現に取り組んでいきます。当社研究開発部門と連携し、データに関わる法令・契約の調査の効率を高めるためのプロセス改善や、OASISプロジェクトで得られたノウハウを生かしたNSDDDへの機能追加を進めていきます。

波多野:当社事業部門と連携したプロジェクト支援に並行して、小野薬品工業様と連携した対外発信に取り組みたいです。プライバシー保護技術の学会や製薬業界に向けたセミナーなどで、OASISの匿名・仮名加工の事例を共有させていただき、プライバシー保護技術の実適用と利用拡大を図りたいです。

─ありがとうございました。

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