東海道新幹線の臨時ダイヤ作成をシステム化、JR東海×NSSOLが季節変動やイベントへの対応力向上に挑む
~臨時ダイヤ作成ルールをモデル化し需要の変化に合わせた柔軟な列車運行計画の作成を可能に~
東海旅客鉄道(JR東海)は、これまで手作業で作成してきた東海道新幹線の臨時ダイヤを数分で作成する「新幹線車両運用自動作成システム」を日鉄ソリューションズ(NSSOL)と共同で開発した。曜日や季節、種々の大型イベントなど乗客数や移動パターンに影響を与える要因を加味しながら、需要の変化に合わせた臨時ダイヤ作成を可能にする。世界一過密とも言われる東海道新幹線の運行を支える臨時ダイヤ作成システムを導入した狙いや開発の工夫、今後などについてプロジェクト担当者が語った。(文中敬称略)
─東海道新幹線は世界一の過密ダイヤとされ、1時間に最大12本の「のぞみ」が走り2022年度では1日36万人が利用しています。
細川 一彦(以下、細川):東海旅客鉄道(JR東海)新幹線鉄道事業本部 運輸営業部 運用課(運用指令)当直長の細川 一彦です。2012年から2021年までの9年間、東海道新幹線の臨時列車ダイヤの車両運用計画作成に携わっていました。
需要の変化に応じる“定期”と“臨時”の2つのダイヤを組み合わせ
細川:東海道新幹線は日本の三大都市圏である東京、名古屋、大阪を結ぶだけでなく、西日本旅客鉄道(JR西日本)が運行する山陽新幹線と相互乗り入れし、多数の列車が東京と博多の間で直通運転しています。その円滑な運用のために、全車両が16両編成で、座席数もJR西日本と合わせています。異常時などは東京駅で折返し新大阪止まりの列車を急遽、博多行に変更することも可能です。
東海道新幹線の特徴はビジネスでの利用も多いことです。そのため乗客数は曜日や季節によって大きく変動します。加えて各地のお祭りやコンサートなどのイベントも乗客数に影響します。
こうした需要の変化に応えるために新幹線のダイヤは、毎日運行する「定期ダイヤ」に、需要に応じた「臨時ダイヤ」を加えることで構成しています。いずれも従来の実績値などを元に作成しますが、定期ダイヤは年に1度、大型のダイヤ改正で定めます。臨時ダイヤは、イベント情報なども加味しながら、3カ月分を約半年前から検討し作成します。
毎日運行する定期列車と臨時列車を合わせた1日当たりの列車本数は、年末年始などの最繁忙期には450本前後にのぼります。開業以来、ご利用いただくお客様は増え続けるとともに、列車の走行速度も高まってきたことで列車本数が増え続け、できあがったのが今の高密度ダイヤです。
乗務員や清掃時間の確保など列車だけではダイヤは完成しない
─ダイヤ作成時には、どのような要件を考慮しなければならないのでしょうか。
細川:まずは、乗降人数や保有する車両数、前後を走る列車との間隔、他の列車との接続といった要素を勘案します。ただダイヤを適切に回すには、列車だけを見ていても不十分です。乗務員の充当や車内清掃時間の確保、車両基地での整備なども加味しなければなりません。多くの現業部署との連携が不可欠です。
そこで、需要と列車数などを最適化したダイヤ案を2週間ほどかけて作成します。それを現業部署に提示し、それぞれが実際に対応できるかどうかを確認してもらいます。2〜3週間後に現業部署からのフィードバックを受け取り、そこから細かな調整をしてダイヤを決めていきます。完成したダイヤは新幹線の運用管理システムに登録し、実際の運行が始まります。
この過程で問題になるのは、同時に走る列車の本数が増加し、ダイヤの密度が高まると、考慮すべき事柄が複雑になることです。例えば、終着駅での折返し整備が対応できなくなると車両基地へ一時退避させる選択が増えます。このため、1日のダイヤ全体がつかみにくくなっていくのです。
それを、これまでは手作業で検討してきましたが、ダイヤの密度が高まると列車の動きを記述した線が増え、線間が重なって見づらくなったり、欄外に記入する検討中のメモ書きを間違えたりと人的なミスも生じやすくなります。1つの間違いは、他のすべての列車に影響を及ぼすため修正時間も長引き、1日分のダイヤ作成に15時間もかかるようになっていました。
細川:効率化やミスの軽減のために以前から、作成した計画を事前にチェックし運行管理システムへの入力を支援するシステムを導入しています。しかしながら、ダイヤの過密さが年々増してきたことでチェックの負担が増え、期限内に計画作成を終えることが困難になってきました。そこで、日鉄ソリューションズ(NSSOL)と共同開発したのが「新幹線車両運用自動作成システム」です。臨時ダイヤの車両運用計画作成を自動化し、作業時間を抜本的に短縮しました。
システム化により1日の臨時ダイヤを最長5分で作成可能に
─これまで手作業だった臨時ダイヤ作成をシステム化した狙いは?
細川:東海道新幹線のさらなるサービス向上を見据えています。私自身、ダイヤ作成はいくつもの制約の中から最適解を見極める複雑な作業で、システム化は難しいと考えていました。しかし今後、お客様の需要はさらに高まり、列車本数が増えることは確実なだけに、人手に頼るだけでは、より柔軟なダイヤ作成が限界に近づいていました。
和田 正之(以下、和田):JR東海 中央新幹線推進本部 中央新幹線建設部電気工事部の和田 正之です。新幹線車両運用自動作成システムの開発当時は、新幹線鉄道事業本部電気部システム課で運行管理システムなどの開発・保全を担当していました。新幹線車両運用自動作成システムの開発に向けて技術開発を開始したのは2018年のことです。最適化技術のノウハウを持つ複数社との技術開発を経て、最終的にNSSOLとの共同開発を決めました。研究開発から始め、2020年からシステム開発に取り掛かり、2022年10月に本番運用を開始しました。
和田:新システムでは、定期ダイヤデータと、臨時ダイヤ作成に必要なデータを登録します。このデータには、時刻変更をしたい列車や、定例的に採用したい計画のパターンなどが含まれます。これをあらかじめ設定することで、早ければ数分、列車本数や指定条件が多い場合でも約5分で1日分のダイヤが作成できます。
太田 有人(以下、太田):NSSOL技術本部 システム研究開発センター デジタルツイン研究部 統括研究員の太田 有人です。当社では過去、他の鉄道会社のために同様のシステム開発を手掛けた経験がありましたが、東海道新幹線のように、これほど多くの列車本数を対象にするのは初めてだっただけに当初は、少なからぬ苦労を覚悟しました。
細川:企画提案の選定時、NSSOLの仕組みで自動作成した試作ダイヤは完璧ではありませんでした。ただ、私自身が困難と感じる箇所と、NSSOLの「今は、ここまでしかできない」と伝えていただいた箇所が一致していたのです。画面構成など使い勝手の面では他に優れた提案もありましたが、NSSOLのみなさんからは、「勉強して当社と一緒にやっていきたい」という熱意が強く感じられました。事実、今回のシステム開発では、その“勉強”の成果であろう提案をいくつも受け採用しています。
“当然”視されているダイヤ作成の業務知見を勉強会で引き出す
─システムの開発は、どのように進んだのでしょうか。
松山 紗季(以下、松山):NSSOL 産業ソリューション事業本部 産業ソリューション第一事業部 システムエンジニアリング第二部 エキスパートの松山 紗季です。車両運用自動作成システムの肝は「列車をどう走らせるか」のアルゴリズムの開発です。細川様などからダイヤ作成のルールや条件を教えていただきながら開発するのですが一筋縄ではいかず、当初はどうやっても満足なダイヤを出力できませんでした。
松山:その後、ダイヤ作成担当者の頭の中には、他にも種々のルールがあることが分かってきました。そうしたルールを実際のダイヤから分析し、2週間に1度の頻度で開催した共同勉強会で確認しながらアルゴリズムに落とし込んでいきました。そうして作成したダイヤの評価を受け、その改善のために次の分析に取り掛かるというサイクルをアジャイルに繰り返しました。
細川:我々が当初提示したルールには、業務知見として“当然”と考えていたものが抜けていたのです。私たちが“経験と勘”だと感じていたことを、共同勉強会などを通じて形式知化されていく様子に大変驚きました。最終的には資料を見なくてもシステムについて話せるまでの関係を築けました。
システムの本番開発途中に新型コロナ禍も発生しましたが、NSSOLとの徹底的な議論により2020年までにシステム要件を詳細に詰められ、コロナ禍による打ち合わせ進捗の遅延は、ほとんどありませんでした。
太田:今回のシステムの仕組みを簡単に説明すれば、種々のルールを方程式に変換し、複数の方程式を組み合わせた連立方程式を解くという手法です。解が得られない場合は、不可能なルールの組み合わせだということです。各ルールには重要性を基に重み付けし、複数解の中から最もスコアが高いものを採用しています。
当初は、その重み付けも不正確で、システムが作成したダイヤはJR東海様にとっては違和感を与えるようなものでした。その解消に向けて、どのルールの重み付けをどの程度変えるべきかを調整していきました。
ただ現時点では、残念ながら対処し切れていない問題もあります。現業部門の方々が、現場の“頑張り”で対応できている場面です。例えば新幹線の車内清掃時間は決められています。ところが実際のダイヤでは、その時間よりも15秒早く済ませているケースが1日に数本あるのです。清掃員の方の工夫により業務を回しているわけですが、どのタイミングなら15秒早く済ませて良いのかまではシステムでは判断できません。
実現不可能な列車ダイヤはシステムが一瞬で検知
細川:システムで作成するダイヤで完璧さを追求すると、今度は時間的に調整できる余裕が乏しくなることに気づきました。それでは現業部門との調整が長引いてしまいます。そのため今回の開発では、ダイヤ作成の完全自動化を見送り、車両基地における車両の夜間滞泊本数と所有編成数を超える計画にはしないなど、最低限必要な合理性を確保した状態で、臨時ダイヤを計画することをシステムに求めました。最終的には細かな部分を人が判断し、微調整することでダイヤを組み立てるようにしました。
和田:臨時ダイヤの計画においては、営業列車だけでなく、回送列車を計画するなどで車両が偏って滞在しないように考慮しなければならないなど、組み合わせは複雑になり、システムの計算時間も長くなります。それでもダイヤ作成業務が従来の1日が5分以内へと抜本的に改善されました。
またシステム面では、車両運用を自動作成する際に必要な条件をダイヤ作成担当者が自由に入力できるようにしたり、手作業においてダイヤ作成担当者が車両運用を作成する際に参考にしていたデータを本システムに、そのまま取り込んで活用できるようにしたりと、柔軟なダイヤ作成が手軽になるよう工夫もしています。
細川:車両が絶対的に不足していれば、当然望み通りのダイヤは作成できません。それでも以前は「何とかできるのではないか」と数時間も手作業で悪戦苦闘した後に不可能だと気付くことがしばしばありました。本システムでは、列車設定に対し所有編成数を超える運用になる、そもそも不可能なダイヤ設定を一瞬で判定できたことも大きなメリットです。
形式知化できたベテランノウハウの新たな継承手段も必要に
─今後の展望について教えてください。
細川:ダイヤ作成計画は計画作業の最上流にあり、乗務員の配置や終着駅などでの清掃対応、車両基地での整備・各種検査など、さまざまな業務に影響します。それぞれの業務に対応した個別システムは既に構築・運用しているだけに、周辺システムとの連携を進めていきたいです。
例えば、車両の検査計画業務は各車両の走行距離から管理しますが、ダイヤ作成の全体走行キロデータはダイヤ作成システムから提供できます。各種データを他のシステムでも活用できれば、人の手に頼った作業を含め、業務全体の効率化や改善、そして将来の予測までができると考えています。
和田:車両運用自動作成システム自体の使い勝手も高めたいと考えています。例えばデータの登録法は現状、ファイルの読み込みだけですが、より柔軟に入力できるようにできれば、業務のさらなる効率化につながります。ダイヤの作成能力自体も今後の便数増を視野に引き続き高めていく必要があります。
細川:今回の開発を通じて、システムの完成度を高めるためには、単なる要望だけでなく、その背景や知見なども伝えることが大切だということに気づきました。NSSOLとの議論や記録から、ベテランの知見を明確な形式知にできたことは思わぬ収穫でした。その過程での共同研究会などNSSOLの“粘り強さ”が強く印象に残りました。
一方で、今回のシステム化により手書きダイヤ作成によるノウハウを後任に伝えにくくなったと感じています。ダイヤ作成は鉄道事業の基盤であるため、システム化を前提にした担当者の知見は各種条件書に経緯を記録してきました。そうしたNSSOLとの共同作業や提案を、今後のさまざまな開発においても、引き続き期待しています。