TO THE FUTURE NSSOL STORIES TO THE FUTURE NSSOL STORIES

2016-12-14 IoT DX
TwitterTwitterでシェア FacebookFacebookでシェア

【対談】IoXが加速するビジネスのデジタル化

~第4次産業革命の基盤IoTにヒトのIT武装を加えて経営を変革~

(左) 森川 博之氏 東京大学先端科学技術研究センター教授
(右) 井上 和佳  新日鉄住金ソリューションズ株式会社 IoXソリューション事業推進部 専門部長

日本政府がまとめた「日本再興戦略2016」実現のカギを握る第4次産業革命。その基盤技術であるIoT(モノのインターネット)に注目が集まっている。IoT時代の産業はどう変わり、企業はどう対応すべきか。東京大学先端科学技術研究センター 教授の森川博之氏と、IoTにヒトのIT武装を加えたIoXを提唱する新日鉄住金ソリューションズ IoXソリューション事業推進部 専門部長の井上和佳が語り合った。(文中敬称略)

IoTの登場をきっかけにITに対する経営者の意識が変化
「価値創造ツール」としての認識が高まりITが本物になった

井上:日本政府が「日本再興戦略2016」の実現に向けて第4次産業革命を提示するなどで、その基盤技術の一つであるIoTに多くの企業経営者が注目しています。

森川:IoTが目指すものは、IT(情報技術)やICT(情報通信技術)、ビッグデータ、AI(人工知能)などと同じです。突き詰めるとIoTは社会や産業の「デジタル化」を促しています。どの産業にも、勘や経験で行っている「アナログ」のプロセスが膨大にあります。これを客観的な数値として把握できるようにしてマネジメントするのがデジタル化です。
IoTという言葉がバズワードになったのは、IT部門やIT業界以外の人々、つまり経営者や政府がITの重要性に気付いたことが背景にあります。これこそ、IoTという言葉が生まれて一番インパクトがあった部分です。
これまでITの活用は、IT部門やIT業界の人々の仕事とみなされていました。ITの重要性が叫ばれて久しいですが、実際には経営者はその重要性をあまり認識していませんでした。それはITが「業務効率化のツール」とみなされていたためです。それがIoTという言葉の登場をきっかけに経営者の意識が変わり、ITが「価値創造ツール」であるとみなされるようになりました。僕ら研究者から見ると、ITがようやく本物になったと感じます。これが非常に大きい。

井上:IoTはモノ(機械・設備など)を互いにつなげる技術ですが、当社は、ヒトがIT武装により互いにつながるIoH(ヒトのインターネット)についても、幅広い産業に大きな変革をもたらすと考えて取り組むとともに、IoTとIoHなどが高度に連携・協調する「IoX」というソリューションを提唱しています。
新日鐵住金グループでは、製造設備に大量のセンサーを付けて製造プロセス管理をデジタル化することで生産性や品質を高める技術に長年取り組んできました。しかし、そのようにデジタル化が進んだ製鉄所においても、少なくない現場作業者の方が依然として働いています。IoXは、こうした現場作業者にITの恩恵を提供できていなかったという反省をきっかけに研究・開発を始めました。ウエアラブルデバイスなどの最新技術を活用したIT武装化、デジタル化で、現場作業者の生産性や安全・安心をさらに高めることができます。

森川 博之(もりかわ・ひろゆき)氏
1992年3月、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。1997年4月、東京大学大学院工学系研究科助教授などを経て、2006年11月、東京大学大学院工学系研究科教授。2007年4月から東京大学先端科学技術研究センター教授。IoT、ビッグデータ時代の情報ネットワーク社会はどうあるべきか、情報通信技術はどのように将来の社会を変えるのか、といった点について明確な指針を与えることを目指す。

IoTの重要性を理解しても何をするか分からない方が多い何がデジタル化できるかをとことん考え抜くことが重要

森川:一方、講演などを通じて経営者の方々と接するようになって分かったのですが、IoTの重要性は理解したものの、実際に何をすればよいか分からない方は多いようです。既存の事業を改善するだけでは競争に乗り遅れると考えているのですが、IoTを自社で活用する方法が分かりません。理由の一つは、IoTの適用対象が、主に現場や消費者・利用者がいるところで、経営者がいる本社から一番遠くにあるためです。
もう一つはアナログのプロセスがあまりにも当たり前になっているためでしょう。僕はIoTが全産業に適用できると考えていますが、IoTに取り組む際にはまず「気付く」ことが重要です。自社のビジネスにアナログのプロセスがどれだけあるのか、何がデジタル化できるかをとにかく考え抜くことです。例えば、現場に経験と勘を頼りにする匠(たくみ)のような人がいたら、その人はどう仕事をしているのかを詳細に調べて、デジタル化する方法を考えてほしいと思います。考えて考え抜くとIoTの適用対象が見えてきます。最初は誰も気付かないだけなんです。
僕がよく話をするのは、埼玉県・川越市のバス会社イーグルバスです。同社はデジタル化で黒字になりました。おおまかにいうと運行するバスにGPS(全地球測位システム)と乗降客数の測定センサーを付けて、バス停ごとの乗降客数を全部把握し、その結果を基にバス停を再配置し、時刻表を再編成しました。経験と勘が豊富な人なら同じことができると思いますが、実際には以前は誰もできなかった。IoTはそういう簡単なところがスタート地点です。
スマートフォンなどを活用するガジェット系IoTは米国シリコンバレーの企業が強みを持っている領域ですが、IoTの本当の1丁目1番地はガテン系の地味なところで、これは日本が得意です。たとえると、プロセス制御に使うPLC(プログラマブルロジックコントローラ)に相当する成果がIoTの活用で得られるでしょう。PLCの活用により、製造現場は自動化が加速して生産性がぐっと上がりました。PLCは人々の生活を直接的には変えていませんが、生産性向上による大きな利益をもたらしています。ガテン系IoTも同じです。

井上:講演や企業訪問でIoXへの取り組みを紹介すると、当社の取り組みは「地味で泥臭いけれど、地に足が付いているね」と言われます。これは親会社である製鉄業のDNAを受け継いでいるからかもしれません。IoXの適用対象はまさにそうしたガテン系の現場です。今、製造業、建設・土木、流通・サービス業など、熟練者のアナログな労働に依存する産業は、人口減少時代に入って慢性的な労働力不足に悩んでいます。例えば物流業は、扱う荷物が多様なために、これまではロボットの導入も自動化も進まず生産性が低く、現場作業者も短期間で辞める傾向があるため熟練化も期待しにくい状況でした。しかしIoXを活用すれば効率の良い手順・方法をウエアラブルデバイスなどで現場作業者にタイムリーに提示することにより、現場作業の生産性を向上させることができます。また、製造業においては、国内で改善を積み重ねた標準作業を、海外工場の現場作業者にウエアラブルデバイスなどで提示することにより、グローバルな生産性向上が迅速に実現できます。

森川:IoTの進展によって、ITエンジニアのあり方も変わると思います。ITはこれまで、技術がすぐビジネスにつながる時代でした。しかしITは年々成熟してきており、ITエンジニアは、新技術が登場したときもそれを使って何をするのかまでを検討することが重要になっています。実際に工学系の研究者である僕もマーケティングを勉強したほどです。従来型の技術だけを担当するITエンジニアは減っていかざるを得ないと感じています。

井上:ITエンジニアのあり方の変化を別の面から私も感じています。当社のこれまでのシステム開発では、要件定義をして設計をして...と、ウォーターフォール型の開発が主でした。しかしながらIoXソリューションの開発・導入では、ITエンジニアが現場に入り込み、顧客のビジネス・業務を深く理解するとともに、デザイン思考を用いたアジャイル型の開発が必要になります。

森川:確かに、これまでITエンジニアは開発するだけの一方向でしたね。

井上:こうしたアジャイル型の開発手法が体系的に実施できるようにITエンジニアの仕事のやり方を変えるには、従来型の組織や業務の流れも変えていく必要があります。努力や苦労は必要ですが、成果も大きいと考えています。
これは多くの企業も同じでしょう。組織や業務の流れを変えれば、幅広い企業が新たなビジネスチャンスを得られる時代です。IoT時代は、異業種の参入などで競争の土俵さえ変わることが珍しくありません。大手企業には脅威で、新興企業にはチャンスとも言われますが、大手企業も自らのビジネスを再点検し、デジタル化を進めればチャンスをつかめます。

井上 和佳(いのうえ・かずよし)
1989年3月、東京工業大学総合理工学研究科修了。1989年4月、新日本製鐵株式会社に入社し、画像認識技術の研究開発に従事。1994年から1996年までマサチューセッツ工科大学に留学し、計算機科学の修士号を取得。帰国後に最適化技術の研究開発とサプライチェーン管理システムの開発に従事し、現在はIoXのビジネス立ち上げに従事。

成熟したアナログ産業の大手企業もデジタル化で変わる
お客様と一緒にビジネスを創り上げる「共創」を実現していく

森川:成熟したアナログ産業の大手企業がビジネスをデジタル化した例としては、航空機の座席などの予約システム「Sabre(セーバー)」があります。もともとはアメリカン航空向けに開発したシステムで、航空機の座席という物的資産をデジタル化してプラットフォームビジネスができるようにしたと言える画期的なものでした。そのシステム開発部門は当時、アメリカン航空を傘下に持つAMRグループの事業会社として分社化されましたが、2000年に同グループから完全に分離独立させられました。時価総額がアメリカン航空を上回ったからです。これは結構ショッキングな出来事でした。データの持つ価値が、市場で評価されたと考えることもできます。

井上:IoXの適用対象の一つである物流もアナログな産業ですが今、位置づけが大きく変化しているところに注目しています。ECサイトや小売業などが配送の正確さや速さをまさに競争力の源泉として真剣に追求しています。当社が提供するIoXソリューションを活用してデジタル化することで物流という産業全体の変革をご支援できればと考えています。
IoXの事業では「要件に対応したものを構築していくら」という伝統的なSIビジネスのやり方も変えていきます。そもそもIoXではお客様が要件を確定していることはまれで、通常は要件を固めるところが出発点になります。物流のIoXソリューションについても、お客様と一緒にビジネスを創り上げる、一緒に業務を変える「共創」を進める方針のもと、現場作業をどうしたらデジタル化できるかなどから検討していきます。

森川:先ほど説明したようにIoTでは「気付き」が重要ですから、泥臭く現場に入っていくことできる御社が非常に強いところでしょう。お客様と御社の1対1の関係の共創でなくて、より多くの会社をとりまとめてビジネスを共創することでより大きな成果をもたらすことも可能になると思います。

井上:今はまだ1対1のお客様と共創に取り組んでいますが、これからは共創の輪を順次広げて、関係する企業・組織などをどんどん巻き込んでいきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。

関連リンク