当社はフィンテックに関する取り組みを行う中で、特にブロックチェーン技術については重要技術ととらえている。当社においても、当技術は一部企業から実証検証の依頼を頂く等、日系企業の興味も高いことが伺える。そこで、世界の決済系の動向をおさえると共に、特にブロックチェーン周辺について深度の深い情報収集を目的として、2015年10月に開催されたMoney20/20に参加した。当レポートは、そのMoney20/20への参加報告である。
Money20/20の概要
Money20/20はリテール決済とその周辺領域に関する世界最大規模のイベントである。2012年より米国で開催され、2016年以降は欧州やアジアでの開催も計画されている。
開催年 | 参加者数概数 (内CEOの数) | 参加企業数 | 参加企業の国 |
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2012年 | 2,000人 (175人) |
1,000社 | 35ヶ国 |
2013年 | 4,000人 (300人) |
1,250社 | 50ヶ国 |
2014年 | 7,000人 (650人) |
2,250社 | 60ヶ国 |
2015年 | 10,000人 (1,000人) |
3,000社 | 75ヶ国 |
今回2015年度は、10月25日から10月28日までの4日間ラスベガスにて開催され、参加者は大手金融機関やフィンテックスタートアップ企業を中心に約10,000人。イベント内容は多様で、ChaseやGoogleをはじめとする大手企業の代表者による基調講演やパネルディスカッション、スタートアップ企業による自社ソリューション紹介、スポンサー企業の展示やハッカソン等が行われた。
スポンサーをはじめ、出展社や来場者は規模/業種において多岐にわたるが、一貫して革新的な取り組みに興味を持っている企業である。会場ではさながら伝統的な金融機関とフィンテックスタートアップが手を取り融合していく化学反応を垣間見るようであった。
基調講演について
基調講演は下記のような企業のトップ達によって行われた。
企業 | 登壇者 |
---|---|
Khosla Ventures | Vinod Khosla - Founder |
Stripe | Patrick Collison - CEO |
Poynt | Osama Bedier - CEO |
Square | Jack Dorsey - CEO |
Chase | Gordon Smith - CEO |
Verifone | Paul Galant - CEO |
Citi Cards | Jud Linville - CEO |
Sridhar Ramaswamy - SVP | |
Affirm | Max Levchin - CEO |
Ingenico Group | Philippe Lazare - CEO |
PayPal | Dan Schulman - CEO |
Nasdaq | Robert Greifeld - CEO |
Deborah Liu - Head of Payments & Commerce | |
MCX | Brian Mooney - CEO |
Samsung Pay | Will Graylin - CEO |
etc. | etc. |
上記の中で特に興味深かった講演の内容を以下に纏める。
Khosla Ventures, Vinod Khosla氏 - Founder
基調講演として初めに登壇したのはビノッド・コースラ氏。コースラ氏はサン・マイクロシステムズ社の共同設立者であり、米国屈指のベンチャーキャピタルであるコースラベンチャーの創立者である。基調講演はCNBCのリポーターとの対話形式で行われた。
彼は、金融サービス市場の将来について、よりスタートアップ企業のプレゼンスが大きくなることから、「巨大な銀行のような仲介業は縮小するだろう」と発言した。昨今のフィンテックブームの中で時折耳にする言葉ではあるものの、改めてその場で聞くことでより現実味を帯びて聞こえる。
Stripe, Patrick Collison氏 - CEO
決済プラットフォームを提供するStripeのパトリック・コリソン氏の基調講演は、コースラ氏との対談の形式で進められた。コリソン氏は若いが聡明な印象。非常に早口で捲し立てるように話す。自らStripeを成功させた経験から、スタートアップ向けに「自分のコアプロダクトに専念するべき」「オープンであるべき」「既存のビジネスに敵対するのではなく、協業できるかを考えるべき」等、何点かアドバイス的な話があった。
また、彼自身ブロックチェーンについても興味を持っているが「今のブロックチェーン議論はテクノロジーに集中しすぎている。よりユーザーニーズにフォーカスする必要がある」とも述べた。ブロックチェーン技術自体が新しくかつ日々新しい技術が発表され、それらに追随すること自体が難しくつい見失いがちだが、よりユーザーに近い視点での議論が重要であろう。
Poynt, Osama Bedier氏 - CEO
オサマ・べディアー氏はPayPalやGoogle, Wallet & Payments の Vice Presidentの経験があり、今回は自分で創立したPoyntの新プロダクトの発表を行った。
Poyntが発表したのはスマートペイメントターミナル。見た目はタブレットが折り曲がったような形状で、大小二面の画面が付属。店頭の支払いで使われることを想定されており、NFC対応であれば何でも使える。
この端末はネットワークに繋がり、画面に表示する内容やアプリのインストールまで、中央のマネジメントアプリケーションで行うことができるのが売り。
べディアー氏は非常にプレゼンが上手く、何度か喝采を浴びていたのが印象的である。アメリカ国内で道路が張り巡らされていく過程を振り返り、「これからは全ての物がネットワークに繋がる」と、独自のストーリーで聴衆をひきつける場面もあった。
Nasdaq, Robert Greifeld氏 - CEO
ナスダックは今年5月に非公開株式市場の基盤技術にブロックチェーンを取り入れる試験プロジェクトを発表している。今回の基調講演のメインはそのプラットフォーム「Linq」の発表だった。LinqはブロックチェーンのスタートアップであるChain.comのシステムデザインのもとで、同じくスタートアップであるChangeTipやPeernova等が参画して構築された。
まず未公開株式の取引対象となるのは、プロジェクトに参画した3社を含めた計6社である(Chain.com, ChangeTip, PeerNova, Synack, TangoMe, Vera)。これらはブロックチェーンに理解のあるスタートアップであり、現時点ではフィンテックやスタートアップの内輪にとどまっている感もあるが、今後拡大を考えているとのことで、注目したい動きである。
パネルディスカッションについて
様々な分野のパネルディスカッションが行われる中で、特にブロックチェーンのパネルディスカッションは、時間いっぱいまで質問が終わらない程活況であった。
ブロックチェーンに関連するパネルディスカッションは下記のように複数開催されていた。この中でも、特にニュースで注目を浴びている企業が登壇している下記1、4、5のセッションは盛況であった。
1. Bits, Blocks, Coins & Ledgers: Understanding Distributed Ledger Technology & Its Applications |
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2. (Bit)coinWorld Opening & CEO Roundtable |
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3. Consumer Applications of the Blockchain |
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4. Using Artificial Intelligence & Data Analytics for Managing Fraud Risk & Data Security |
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5. Financial Applications of Distributed Ledger Technology: Case Studies & Approaches |
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ブロックチェーンの潜在的な利点や課題といった内容から、各企業のブロックチェーンに関する取り組みや幅広い分野への応用例まで濃厚な議論がされていたが、ここではその一部分を紹介する。
ブロックチェーンの認知度
「マイナーとは何か知っているか」という質問に対して、聴衆の大部分が知っている状況であった。当然当該周辺テクノロジーに興味を持つ人が集まっているからこそではあるが、ブロックチェーン周辺技術の認知度が高いことが伺える。
ブロックチェーンの問題
議論の中で、ブロックチェーンの問題はKYC(Know Your Customer)であるという意見があった。高い匿名性に起因するマネーロンダリング等の問題が取り上げられていた。より一般に普及させるためには、従来の銀行システムとのインテグレーションが必要だが、その場合はKYCの問題を解決するためにビットコイン上にルールが必要という意見があった。
また、現状規制が構築されつつあるが、その方向性によってはブロックチェーン自体の利用が難しくなるリスクもある。TD Bank, RBCによると、そういったリスクについてはレギュレーターと綿密に議論を重ねており、リスクを理解しマネジメントしながら進めることがポイントとのこと。
分散コンピューター Ethereum
Ethereumはスマートコントラクトや分散アプリケーションのプラットフォームとも言われている。非常に興味深いプロジェクトであり、ディスカッションでも注目を浴びていた。しかし、現状はビットコインのブロックチェーンとは別の独自ブロックチェーン上に構築されており、ネットワークが分断されている状態である。より信用できるネットワークのためには、ネットワーク参加者が多い方が望ましいため、将来ビットコインとEthereumのブロックチェーンは接続されるだろうという意見もあった。
R3プロジェクトについて
グローバルバンクによるブロックチェーンコンソーシアムの先導役となったR3CEV社が注目を集めていた。日本からもメガバンクが同コンソーシアムに参画しニュースとして取り上げられている。R3CEV社のTodd McDonald氏曰く、一年前はあまり相手にされなかったがこの半年程で金融機関と活発に議論がされるようになったとのことで、金融業界のブロックチェーンに対する認知の急激な変化を見て取れる。
Nasdaq 「Linq」開発の経緯と今後
NasdaqのLinqも注目の的であった。当初はビットコインの取引所のイメージを持っていたようだが、理解が進むにつれ「ビットコインではなくブロックチェーン技術が重要」と理解を修正。ブロックチェーンを利用した取引プラットフォームを作る方向に切り替えた模様。ブロックチェーン技術については当初かなり懐疑的であったが、スタートアップ企業と連携して技術理解を進めて今に至るようだ。現在はプライベートな環境でのブロックチェーン利用にとどまっているため、フェデレイテッドな(複数組織と連携した)ネットワークを構築していく可能性もあるとのこと。
ハッカソンについて
Money20/20の前日10/24よりハッカソンが行われ、その最終決戦プレゼンテーションが行われた。ハッカソンのルール概要は「事前に作ったものを持ちこむことはできない」「与えられた課題に対し、スポンサー企業が提供するAPI等を駆使して、アイデアを具現化する(簡易システムを構築する)」というもの。
スポンサー企業: BLOCKCHAIN, Feedzai, FirstData, IBM, MasterCard, modo, PayPal, ventiv, VISA, worldpay (10社)
参加者は750人以上・200組程、勝ち残ってきた20組が壇上で自らのアイデアを発表する。プレゼンは2分間、質疑応答は1分間厳守とシビアなルールの上で行われた。
優勝者はRePlay チーム。彼らのアイデアは、テレビ番組と並行して関連する商品をTVモニター上に表示。欲しい物があればその場で購入できるというもの。例えばドラマに出ている役者が着ている服を購入できるサービスをイメージしてもらえばいいだろう。RePlayはこの仕組みをApple TVのプラットフォーム上で実現。プレゼンではスターウォーズの格闘シーンを用い、リアルタイムでライトセーバーの玩具を購入するデモを見せた。
所感
Money20/20と他の大規模イベントを比較して
Money20/20は決済とその周辺サービスに関するイベントであり、リテールに近い分野の話題がほとんどであった。そのためフィンテックやスタートアップ関連企業の参加が多く、またハッカソンが行われる等、新しい技術の台頭を肌で感じることができる。さらに、伝統的な金融機関やベンダーも参加し、フィンテックを利用したサービスリリースが発表されるなど、フィンテック側と伝統的ビジネス側の融合例に触れられるイベントであった。
同規模のイベントであるSIBOSと比較するとどうだろうか。SIBOSでは一部フィンテックがテーマとして取り上げられているものの、従来からの金融機関と関連組織向けの伝統的で格式高い印象であるのに対し、Money20/20は解放的で軽快な、まさに「フィンテックのイベント」と言ってよいだろう。
また、同じくフィンテックイベントであるFinovateと比較する。Finovateはスタートアップ(一部大企業も含まれる)のビジネスアイデア・製品の紹介が主であり、投資やパートナー発掘等のアーリーステージの活動に重心がある。Money20/20で取り上げられている話題はもう一歩先に進み、フィンテックをビジネスへ応用しようとする導入ステージにフォーカスしていると思われる。
ブロックチェーンについて
多くの企業がブロックチェーンを肯定的にとらえており、そこにはかつての「ビットコインは怪しいもの」と言うネガティブイメージは感じられなかった。NasdaqやCitiをはじめ数々の金融機関がブロックチェーンの研究を進めてきたが、今回のNasdaq Linqを皮切りに、今後ビジネス適用例が発表されると予想される。Blockchain社のCEO Peter Smith氏からも、「今までは研究調査が水面下で行われてきたが2016年はそれらが水面上に上がってくる年」という発言があった。
一方で、未だ統一された方向感が見えないのも事実である。よりブロックチェーンの利点を活かせるパブリックブロックチェーンを好むスタートアップ企業側と、機密性とコントロールのしやすさからプライベートブロックチェーンを好む従来企業側の意見は特に並行性を辿っているようにも見える。当議論を次のように当社独自の四象限にまとめた。
縦軸はブロックチェーン運用管理者の存在有無である。この軸上では、元々のブロックチェーンのアイデアは「管理者が不在」となる。一方で、管理主体となりシステムをコントロール下に置きたい企業の動きは「管理者が存在」する側と言える。
横軸はビジネス適用の目的とした。ブロックチェーンを活用したビジネスやアプリケーション、サービスによって、コストの削減等の「合理化」を進めるのか、または他企業との「差別化」により収益機会増大を狙うのかで区別する。
これにより、パブリックブロックチェーンは公共基盤的に人々の生活を合理化する「公共インフラ型」、プライベートブロックチェーンは特定企業が差別化を狙う「企業エンハンス型」、パーミッションドブロックチェーンは業界全体で合理化を狙う「業界スタンダード型」と整理される。これら三つの形態はそれぞれメリット・デメリットが異なるため、界隈で活発に議論されている。
しかし、企業にとって最も重要な形態は、運用管理者不在でブロックチェーンのメリットを十分に活かしつつ、自社の差別化を狙う「事業イノベーション型」であろう。ブロックチェーンはある種のプラットフォームとして利用し、その上で付加価値の高いサービスを提供する。パブリックブロックチェーンの世界とそうでない世界の境界にある付加価値要素を見つけられるかどうかがキーになるだろう。
パネルディスカッションの中で「ブロックチェーンで、誰が利益を得るのか?」と言う議題に対し、あるパネラーから「人類である」との発言があった。ジョークにも聞こえる発言に会場は一時沸いたが、間髪入れずにそのパネラーは「真剣だ」と付け加えた。ブロックチェーンそのものはいわばP2Pの分散型ネットワークプラットフォームであり、その恩恵はネットワークへの貢献度合いに応じて利用者に平等に還元されるべきという考え方が根底にある。我々企業の役割は、ブロックチェーンの主導権争いをすることではない。テクノロジーの本来の役割に立ち返り、顧客視点でよりよいサービスについての議論をより重要視していくべきだろう。
以上