農業を子どもたちに魅力ある職業に、次世代のゆずづくりを北川村×NSSOLが切り拓く!
~製造現場で培った見守り技術を活用し、農作業現場を安心・安全に~
独特の爽やかな香りで奈良時代から栽培されていたとされる“ゆず(柚子)”は、日本文化に根付いた伝統的な柑橘類の1つだ。国内トップのゆず生産量を誇る高知県にある北川村は、ゆず農業のさらなる振興に力を入れており、現在スマート農業実現に向けた実証プロジェクトに取り組んでいる。ドローンやロボットなどを活用した農作業の効率化と同時に、日鉄ソリューションズ(NSSOL)が製造現場に提供する作業者の安全管理技術と、そのノウハウを生かして農作業現場の“安心・安全”の確保を目指す。ゆず作りにデジタル技術を適用する狙いや期待を、プロジェクトの中核メンバーが語った。(文中敬称略)
─高知県は国内のゆず生産量の約5割を占めています。中でも北川村は国内有数の産地として知られ、海外への販路開拓にも先進的に取り組んでいます。
田所 正弥(以下、田所):土佐北川農園社長の田所 正弥です。北川村で育てている、ゆずの品質には大きな自信を持っています。ですが、ゆずの国内市場には限りがあるため、たとえ豊作になっても収入が上がりにくく、生産者として切実な悩みを抱えています。
その解決策を農協や行政と協議を進めるうちに、「ならば海外市場に目を向けてはどうか」という話になりました。北川村として2011年にはフランスで、高知県のゆずの賞味会も開きました。
子供が伸び伸びと育つ国内有数のゆず産地を目指す
田所:その後も食品見本市への出品などにより、北川村のゆずの品質の高さが各国に知られていきました。今では25カ国以上から引き合いが寄せられています。土佐北川農園で作るゆずは、EU(欧州連合)の厳しい基準をクリアしており、EU圏へは青果としても出荷しています。
私自身、北川村のゆずは世界に通用すると当時から確信していました。村のこれからを考えながら、世界中から求められるゆずの栽培を目指し、改めて力を入れているところです。
野見山 誉(以下、野見山):北川村副村長の野見山 誉です。私は2019年10月、農林水産省から出向し、現職に就きました。出向の当初目的は、北川村ならではの魅力的な子育て教育環境を構築し、地域活性化を図ることでした。そこから、地域に根差した教育にとって重要な地域資源であり、多くの村民の生業でもある、ゆず栽培の効率化にも携わるようになりました。
ゆず栽培は北川村の基幹産業です。ゆず農家が多いこの地で、子供たちが伸び伸びと育っていくためには、ゆず栽培で得られる収入によって安心して生計を立てられることが重要です。
そのためには売り手である農家側の努力も大切ですが、行政としてもしっかりとゆず農家を支援していく必要があります。その一環として中山間地域においても基盤整備事業ができるよう要件を緩和いただいた通称「北川モデル」を進めています。斜面に位置したり、細切れだったりするゆずの園地を大規模で機械化しやすい環境に改善しようとする取り組みです。
─北川モデルの延長としてスマート農業の実証プロジェクトがあるわけですね。
野見山:ゆず栽培は作業の大半を人手に頼っています。「ゆず農家はしんどい」というイメージが強く、北川村でも、ゆず栽培に取り組もうという若者は多くないのが現状です。こうした状況を乗り越え、ゆず栽培を持続的な産業としていくためには、人手だけに頼るのではなく先端技術を積極的に取り入れ、若者や子どもたちが将来に夢を持てる農業への進化が欠かせません。
赴任直後から「最新技術を活用したスマート化がゆず栽培の大きな武器になる」と、北川村のみなさんに訴えていたところ、田所社長や、スマート農業の支援経験があった日鉄ソリューションズ(NSSOL)などと知り合えました。
田所社長から、スマート化に向けた技術と知恵を試せる場所を提供していただけたことが、農林水産省が公募した「スマート農業技術の開発・実証プロジェクト」(課題番号:果2G07)への参加につながったのです。
正式な課題名は、「柑橘類の超省力・早期成園化実証を通した持続的中山間農業構築モデル事業の実証」で、農業・食品産業技術総合研究機構が事業主体になっています。
ゆず作りのノウハウを次世代に伝えたい
田所:私自身、土佐北川農園でゆずを扱い始めたのは15年ほど前のことで、それまでは、ゆず栽培の経験がなく当初は戸惑うことも少なくありませんでした。幸いにも指導してくださる方がいたため軌道に乗せることができました。そうしたゆず作りのノウハウを次世代に伝えていきたいという思いがあります。
高知県はビニールハウスなどを使った施設園芸が盛んで、そこではIoT(Internet of Things:モノのインターネット)などデジタル技術の活用が始まったと聞いていました。ただ、ゆず園のように屋外の畑で栽培する露地栽培では、まだまだスマート化の流れは起こっていませんでした。
そうした中で実証プロジェクトのお話を聞き、自分たちにも新しいことが起こせるのではないかとの期待から実証プロジェクトへの参加を決めました。
─実証プロジェクトの具体的な活動内容を教えてください。
野見山:本プロジェクトでは、ゆず農家の労働生産性の向上を柱に、2020年4月からの2年計画で、活用が見込める各種技術を土佐北川農園で幅広く検証しています。
具体的には、農薬散布などを目的としたドローンや、収穫したゆずを運ぶ自走搬送台車、収穫後に利用する画像センサー付き自動選果機などを取り入れています。負荷の高い人的な作業を少しでも機械が肩代わりすることで、効率を高めると同時に、作業者のストレス軽減にも寄与できないかと考えています。
例えば、ゆず栽培での農薬散布は毎年、4月から9月にかけ集中して実施します。しかし、傾斜地の険しい道をたどって農薬を運ぶだけでも一苦労です。散布時も、農薬が身体に付着するのを避けるため長袖・長ズボンを着用するので、とりわけ夏場の作業は過酷です。
これらの取り組みにより作業効率がどの程度向上しているのか、作業者のストレスがどの程度軽減できているかを測定するために、NSSOLの「安全見守りくん」を活用しています(図1)。同社から製造現場での利用方法の説明を聞いたり、導入に向けたアドバイスを受けたりして採用を決めました。
製造現場の作業員の安全を見守る仕組みで作業効率の変化を可視化
森屋 和喜(以下、森屋):NSSOL IoXソリューション事業推進部の森屋 和喜です。安全見守りくんは、工場など製造現場での安全・安心を確保するために開発・製品化した仕組みです。ウェアラブルデバイスで作業者の位置やバイタルデータなどを収集することで、遠隔地から作業者の状況をモニタリングし、異変をいち早く検知します。
製造業などに強みを持つ当社ですが、IoT/AI(人工知能)といった領域では、農業分野におけるデータ分析も手掛けています。そうした経験も踏まえ、安全見守りくんで収集した各種データから、スマート化の前後での作業効率の変化を分析・算出してはどうかと提案しました。
野見山:その安全見守りくんを2021年4月からは、従業員の見守り用途にも使っています。実証実験を続ける中で、田所社長から「作業者の安全確保に役立てられるのではないか」との相談を受けたのが、きっかけです。
安全確保は農業における重要課題の1つです。日本でも年間数百人の方が農作業中の事故で亡くなっています。その点で無視できない活用法だと判断し、作業効率の可視化に加え、安心・安全に向けた見守り機能の検証も始めました。
田所:ゆず園地は傾斜地であることが多く、肉体的につらい作業もあれば、作業中の転倒が大事故にもつながります。幸い、これまでにそうした事故は起きていませんが、熱中症などで作業中に倒れるようなこともゼロではありません。広い園地で作業者の状態や場所を把握できれば、万一の際にも迅速な対応につなげられます。
農作業中の万一の事故への迅速な対応を支援
─安全見守りくんでは実際に、どんなデータをどうやって取得しているのでしょう。
高畑 紀宏(以下、高畑):NSSOL IoXソリューション事業推進部、高畑 紀宏です。実証プロジェクトでは、作業者全員にスマートウォッチを着用してもらい、位置データや加速度データ、脈拍データを取得することから始めました。
2021年4月からは、作業者に定期的な休憩や水分補給を促せるように、気温と湿度から簡易的にWBGT値(暑さ指数)を算出する環境センサーの装着も始めています。これらのデータは携帯電話網による転送を基本に集約していますが、園地内には携帯圏外のエリアもあるため、Wi-Fiによる無線通信環境を併用するようにしています。
安全見守りくんは工場での利用を想定したサービスであり、実証プロジェクトでも仕組み自体は大きく変更していません。ただ、データの分析・活用においては、農業での使い方を踏まえて調整しています。
例えば工場内では走ること自体が危険な行為として厳に禁止されています。そのため加速度センサーで大きな衝撃を捕捉すれば、それは事故の発生と捉え、監視用モニターに通知します。しかし園地では日常的な走ったり、トラックの荷台から飛び下りたりといった動作も、加速度センサーの値からは衝撃や転落として検知してしまいます。こうしたデータをどう判断するべきかといった点を農作業の実態に合わせて見直しています。
広大な園地で同僚の居場所が分かることが安心感に
─安全見守りくんを使ってみての感想はいかがでしょうか。
小原 知紗(以下、小原):土佐北川農園でゆずの栽培に携わっている小原 知紗です。作業時の安心感は格段に増しています。作業者は園地内では離れて作業することが多く、これまでは休憩時間などに同僚が戻らないと心配して携帯電話で連絡したり、携帯がつながらなければ探しに出かけたりということも、しばしば起こっていたからです。
作業時にスマートウォッチや環境センサーを身に付けていることへの違和感は特にありません。
田所:農園の経営者として作業員の安全確保は大きな課題です。それが今は、各人の居場所についてモニターを一目見れば確認でき、スタッフ総出で探すこともなくなりました。車で移動中であれば、GPS(全地球測位システム)のデータから移動中のマークがモニターに表示されます(図2)。
大きな事故が発生しているわけではありませんが、最悪の場合も心拍データから作業員が危機的状況かどうかを判別できるという安心感はあります。
野見山:NSSOLによる改良によって、事故による転落だと判断できるほど強い衝撃が検出されれば、モニターにアラートが通知されるようになっています。今後も微調整を重ねることで、大事故の場合には即座に救急車を呼べるような仕組みができれば良いと考えています。
藤本 慎也(以下、藤本):NSSOL IoXソリューション事業推進部 藤本 慎也です。安全見守りくんは、安全確保のために複数の機能を備えています。例えば、危険な場所に立ち入ったことを位置データから検出し、作業員に知らせる機能です。
ただこれも、工場なら危険な場所を容易に設定できるのですが、残念ながら園地のどこが危険かまでは現時点では特定できていません。そのためのデータ分析を急いでいるところです。
一方で環境センサーのデータからは、農薬散布時の体感温度が外気より2~3度ほど高いことを突き止めました。今後も農作業ごとに細かな分析を続け、そこで得られた知見やノウハウを積み上げることで、農作業の安全確保にもできる限り早い段階で広く利用できるようしたいと考え取り組んでいます。
ドローンによる農薬散布では労働時間の8割削減を確認
─当初の目的だった安全見守りくんのデータを使った、スマート化による作業効率改善の可視化については、効果が見えてきていますか。
野見山:非常に順調です。現在、NSSOLが最終的な取りまとめを進めています。2020年度の状況については、例えばドローンによる農薬散布では、人手による作業と比較して労働時間が8割削減できる可能性があることが数値として得られました。
安全見守りくんのデータからは、作業員が動いているか止まっているかも判別できます。2022年2月に提出予定の成果報告書では、そうしたデータも活用し、時間だけでなく質の面からも作業の改善度を評価したいと考えています。
─今後の展望について教えてください。
野見山:今回の実証実験は2022年3月末をもって、ひとまず終了します。ですが、北川村でのゆず農業のスマート化はむしろこれからが本番です。このプロジェクトによりスマート化の具体的な中身が徐々に周辺農家にも伝わり、村内でドローンによる農薬散布を試す農家が現れるなど、取り組みが広がりを見せつつあります。
多くの農業地域と同様に、北川村も農作業者の高齢化が進んでいます。今回実験した先端技術の活用を一層推進し、若者のゆず産業離れを食い止めるのはもちろんですが、高齢者が、ゆず栽培を続けられる環境を実現することで、北川村を世界に通じるゆずの産地として改めて盛り上げていくことが今後の目標です。
農業とデジタル技術のタッグが新たな活力を生む
田所:若者がゆず栽培を始めようとしても、熟練者の経験は伝えにくいですし、経験に基づくやり方に納得できない場面も多いのだと思います。しかし、デジタル技術を使ったスマート化により、データや映像を活用した技術継承が可能になると期待しています。
海外への輸出においても、EU向けは使用できる農薬が厳しく制限されています。栽培時に細かなデータを蓄積することで基準に沿っていることを証明できるなど、データを収集・分析できることのメリットは大きいはずです。
そうした面を含めてNSSOLが持つ経験やノウハウに基づく協力が継続されることを期待しています。新たな農地整備が進む中、農業従事者とタッグを組むことでスマート化を追い風にした新たな活力を必ずや生み出せるのではないでしょうか。
※本記事は『デジタルクロス』(インプレス)の許可を得て再掲しています。