日鉄ソリューションズ(以下、NSSOL)は、デジタルツインの技術を活用して三井E&Sシステム技研株式会社(以下、MSR)と協業で行っている「3D空間ビジュアル化による構内物流の現場状況の可視化と清流化に向けた取り組み」について、2023年11月14日に開催された「MSR ソリューションフェア 2023」にて、デモ展示を行いました。
MSRソリューションフェア2023は、将来の予測が困難な時代における持続的な企業価値創造の重要性の高まりを背景として、「デジタル×サスティナブルでみなさまと共に未来への道を拓く」をコンセプトに、MSRのビジョンやソリューション・新しい取り組みを広くお伝えするためのイベントです。
今回NSSOLは、「3D空間ビジュアル化による構内物流の現場状況の可視化と清流化に向けた取り組み」をテーマに、NSSOLが開発したデジタルツインソリューション「Geminant」を活用し、株式会社三井E&S 玉野事業所での工場間物流の可視化について一部実証実験した事例を展示しました。
今回展示した事例は、デジタルツインの技術を活用することで、移動体の動きを可視化することに加え、今後検討していく製造の加工・組立日程等、様々な情報をデータ基盤上に統合管理することで、リアルタイムに現場の状態を把握し、異常を検知することにより「“モノ”の滞留、“ムダ”な動き」を最小化することで構内物流を最適化し製造工程の効率化を図るための取り組みとなります。
NSSOLでは、2017年に提供を開始した現場作業員の安全を守るデジタルツイン「安全見守りくん」をはじめ、デジタルツイン、アンビエントコンピューティング、AIといった研究領域で、日本製鉄の製造現場をフィールドに、長年に取り組んでまいりました。
現場のデジタルツインは、製造現場の様々なデータから過去と現在を忠実に再現し、未来を高精度で予測でき、経営や現場といった立場・視点の異なる人々が同じ認識のもと、状況判断・改善・予測の実現をめざしています。Geminantは、ノーコードでの構築、データ連携、共通的なモデルなどにより効率的に、高速に現場のデジタルツインをつくり上げていくことができ、日本製鉄のフィールドを通して開発を進めてきたプラットフォームです。
本取り組みを踏まえ、MSRとNSSOLとは、物流で移動するモノの状態を統合的に管理する基盤を構築することで、全体最適からの構内物流整流化の事例を創出し、その他製造業や港湾事業への展開を図ることを目指す予定です。
今後もNSSOLは、デジタルツイン技術を活用したデジタル製造業の実現を目指します。
上段左から青木 洋輔さん、喜多 司さん、田村 大樹さん、小材 健さん、望月 雄登さん
中段左から上中谷 健さん、宮田 宇宙さん、飯島 和之さん、吉川 純平さん、伊藤 円さん
下段左から原 伸樹さん、邵哥さん、玉泉 隆嗣さん(全員システム研究開発センター所属のクラウドネイティブ技術の研究員)
※所属は取材当時のものになります。
エンタープライズ業界でクラウドネイティブなシステム開発・運用手法がますます注目されています。NSSOLにも問い合わせや依頼が増加している一方で、クラウドネイティブ技術者の育成が課題となっています。そこでシステム研究開発センター(以下、シス研)では、社内のクラウドネイティブ技術者育成のための研修プログラムを作成し、すでに多くの社員が受講しています。そのプログラムの内容や特徴などを、カリキュラムの考案から講師まで担う、5名の研究員に聞きました。
─まずはクラウドネイティブの昨今の状況について、聞かせてもらえますか。
伊藤:政府が2018年に「クラウド・バイ・デフォルト」方針を発表して以降、公共機関においてもパブリッククラウドの利活用が進んでいます。世の中のビジネスの変化もますます速くなっています。お客様はもちろん、エンドユーザーのニーズに応えていくためにも、システム開発においてもアジリティは重要なキーワードと言えます。
そこで単にパブリッククラウドを使うだけではなく、そのポテンシャルを徹底的に引き出すためのシステム開発・運用手法であるクラウドネイティブ技術が注目されています。
―シス研では2015年頃からコンテナ技術に着目し基礎調査を進め、2019年から本格的に研究開発に取り組んでいるそうですね。
原:はい。Dockerが注目され始めた2015年頃からシス研ではコンテナ技術に関する研究開発を開始し、その技術を使って負荷試験プラットフォームcloadiosを開発・利用してきました。2019年から本格的にクラウドネイティブ分野にターゲットを絞り本格的に研究開発を進めています。
伊藤:Kubernetesなどのコンテナオーケストレータや、Istioなどのサービスメッシュといったクラウドネイティブに関するプロジェクトの管理やクラウドネイティブ技術の利用推進を行っているCNCF(Cloud Native Computing Foundation)という団体があります。
我々は同団体が主催するカンファレンスに参加したり、定期的に発表している技術のランドスケープマップなどを参考に、最新の技術情報をキャッチアップしたりしています。それに加えて我々自身が実案件にて経験した数々の課題をもとに、アジリティと信頼性を実現できるシステム構成の組み合わせや開発・運用手法の確立を目指し、日々、クラウドネイティブに関する研究開発に取り組んでいます。
―業態やサービスなどにより、利用する技術やツールなどは異なるのですか?
伊藤:あくまで一般論ですが、コンシューマー向けのWebサービスなどであれば、アジリティやスピードを重視した環境を求められる傾向があります。一方で、我々が得意としてきた領域でもありますが、エンタープライズ企業の基幹システムでは、信頼性が重視される傾向が強いですね。
このようなお客様のニーズや現状の業務課題、実現したいサービスなどを加味しながら、技術の選定も含めて最適なクラウドネイティブなシステムやサービスを構築していきます。ただ一つ言えることは、信頼性が求められる基幹システム系であっても、昨今はアジリティも求められている。だからこそ、クラウドネイティブが注目されている、とも言えると思います。
―お話できる導入事例があれば紹介いただけますか。
小材:我々のお客様に、自治体や企業向けにオンデマンド交通サービスや医療MaaSソリューション等を提供する、ソフトバンク様とトヨタ自動車様の共同出資会社であるMONET Technologies様がいらっしゃいます。
―MONET Technologies様のプロジェクトも含め、お客様がNSSOLに期待するのはどのような点だと考えていますか。
小材:信頼性とアジリティはトレードオフの関係にありますが、我々はオンプレ環境はもちろん、クラウドという概念が出た当初から研究開発に着手してきた経緯があります。だからこそ、よりアジリティを実現するクラウドネイティブ技術の活用でも、しっかりと信頼性を実現できる。そのあたりの実績が評価されているのではないでしょうか。
伊藤:評価をいただく一方で、今後ますます増えていくであろうクラウドネイティブ案件に対応できる、現場技術者の育成が課題となっています。端的に言えば、クラウドネイティブ技術を使いこなすハイスキル人材です。そこで、我々が研究開発してきた知見をもとにクラウドネイティブ技術者育成プログラムを開発することにしました。
小材:育成プログラムの開発にあたっては社内の生産技術部と協力しました。生産技術部は全社的な生産性向上に取り組む部署で、育成コンテンツの整備や開発技術・開発環境の標準化に取り組んでいます。
原:2019年ごろからは中期事業方針として「ファーストDXパートナー」を掲げDX人材の育成に注力していきました。その一環として、クラウドネイティブの研修プログラムも作成しようと。ですから正確には我々だけで開発したものではなく、生産技術部のメンバーと協力しながら作り上げたプログラムと言えます。
―どのようなプログラムなのか、概要や特徴を聞かせてもらえますか。
原:まずは基礎の部分を知ってもらおうと、主要な技術領域を広く学べる入門編的な内容や構成としています。具体的には、クラウドネイティブの概要、Kubernetes、CI/CD、可観測性、セキュリティ、レジリエンシー、マイクロサービスなどです。オンラインによる座学、実践で学べるハンズオン、マイクロサービスにおいてはオフラインのワークショップも設けています。
実施期間は2日間プラスワークショップの1日で、合計3日間となります。各技術領域を1時間から数時間程度かけて学ぶ。そのようなコマが複数あるメージです。ちなみに私はクラウドネイティブの概要を担当しています。
―どのような方が受講対象なのですか。
原:コンテナ技術をある程度理解している入社数年目の技術者を対象としています。ただ実際の受講者を見ると、バリバリのベテラン技術者の姿も見られましたね。
―入門編だけれども、ハンズオンは導入したのですね?
原:やはり座学だけでは、頭で理解しても腹落ちしないと考えたからです。手を動かすことは楽しいですし、ハンズオンがあるから参加した、という方もいました。
―それぞれ担当された技術領域の内容についても、簡単に紹介してもらえますか。
小材:私はマイクロサービスを担当しました。クラウドネイティブな思考や技術で新規にシステムやアプリケーションを開発していくと、自然とマイクロサービス的なアーキテクチャになります。しかし、既存のモノリシックなシステムをモダンなアーキテクチャに移行したいというニーズが大きく、モノリシックからマイクロサービスへの移行をどう進めていくか、特に基幹システムをどうサービスに分割すればよいかという部分で現場に苦労があります。
カリキュラムの前半では事前知識としてマイクロサービスアーキテクチャを採用するために必要な知識や導入時の注意点、サービス分割の手法等について学習してもらいます。オンプレミスかつモノリシックなシステムからクラウドに移行するお客様や現場が多いことに配慮し、今あるシステムをどのような技術やプロセスでマイクロサービスに移行させたらよいのかについて、これまでの案件経験を踏まえて解説した内容となっています。
具体的には、既存のモノリシックなシステムを分ける際に参考となる、分析や思考法である「ドメイン駆動設計(Domain-Driven Design/以下、DDD)」をベースとした内容となっています。
そして後半のワークショップでは、既存のシステムをDDDの手法で分析することで、ドメイン分析の手法を学びドメインモデルの作成やサービス境界の発見ができるようになることを目指しています。自分の現場に帰ってより深く詳細に分析することでどこから取り組めばよいか自身で考えられるようになる構成となっています。
―飯島さんはCI/CDを担当されたのですよね。
飯島:はい。CI/CD自体は以前からある考え方や開発手法ですが、クラウドネイティブ、コンテナ、Kubernetesではどうなのか。さらには実現するための手法などについて座学30分、ハンズオン30分、合計60分の構成としました。
中でも最近注目されているGitOpsという手法についての内容を充実させました。そしてハンズオンでは実際にGitHubを使い、GitOpsを体感してもらっています。
上中谷:私は可観測性を担当しました。「可観測性とはなにか」という概要からはじまり、監視の実装、分散トレース、ツールの活用、実際の業務改善まで。講義1時間、ハンズオン2時間、合計3時間の内容となっています。
―ハンズオンの時間が飯島さんのプログラムと比べるとずいぶん長いように思いますが?
上中谷:ハンズオンではコードの変更を行ってもらうのですが、あまりこの手の業務に慣れてない、インフラ寄りの技術者の参加が多いだろうとの配慮からでした。そのため資料もかなり作り込んだのですが、実際にはアプリ寄りの技術者が多く参加していましたね(笑)
伊藤:私はセキュリティを担当しました。クラウドネイティブになることでクラウドサービスやコンテナなど、新たなシステム構成要素が増えることでこれまでと何がどう変わるのか。アプリケーション、コンテナ、クラウドなど様々な観点についてクラウドネイティブセキュリティの概要、具体的な対策例を解説しています。DevOpsのサイクルの各フェーズの中でセキュリティを意識して対策していくDevSecOpsという考え方が身につくように構成しました。
―講義を行ってみての手応えや課題、今後の展開についても聞かせてください。
原:今回のプログラムはあくまで入門編、クラウドネイティブ技術者になるための羅針盤を提供する意味合いでしたが、これらのクラウドネイティブ技術を実案件でどう活用するか、という目的で応用編の研修プログラムも最近リリースしました。この応用編では、シス研で培った様々なノウハウを取り込んだより実践的な内容にしました。今後は応用編の受講を通じて現場での技術リーダーとして活躍していただける人材の数を増やしていきたいです。実施回数や一回の受講者数も今後はさらに増やしていこうとも考えています。
飯島:受講者の中には、実際に現場でアーキテクトの設計業務に携わっているような方もいました。そしてそのような方からは、まさに現場での困りごとをQAセッションで聞くことができました。そのため応用編のプログラムでは理論に加え、現場でより実践的に使える内容を意識しています。
もうひとつ、今の内容に近いですがいつでも質問や困りごとを聞くことのできる、技術コミュニティとなるものを構築する。我々がいつでも相談に応じることのできる環境をシス研という枠を超えて、会社全体として整備できればとも感じました。
上中谷:私も飯島さんと同じく、ハンズオンを通じて実際に現場でどう使うのか。入門編のプログラムでは概念の理解に重きを置きましたが、応用編ではより現場寄りの内容に重きを置いています。
特に可観測性の技術は運用領域のメンバーに大きく関連するため、同領域に即した内容とすること。また、応用編のさらに先では、現場のリアルな課題を題材に現場メンバーと一緒になって設計してみる、みたいなことも視野に入れています。
さらには私自身が可観測性に関する業務が多いため、研修を通じて得たことを普段業務に還元できれば、とも考えています。
―小材さんや伊藤さんはどうですか?
小材:正直なところ、講義内容を十分に理解できなかった人もいました。資料のブラッシュアップももちろん重要ですが、我々が育成スキルを勉強し、教えるというスキルレベルをアップさせる必要もあるのでないか、と考えています。
特にクラウドネイティブにおいては、組織やプロセスが重要な要素となってきます。技術を伝えるよりはるかにハードルは高いですが、今後は育成にも注力していきたいと考えています。
―研究員が人材育成スキルまで勉強する必要があると。
小材:アーキテクチャの設計というのは一種アートでもある、と私は考えています。そのため体系化された育成プログラムも少なく、育成を行える人材も限られているのが現状です。裏を返せば、できる人材を増やしていくことが、会社としての価値向上になります。
アーキテクチャの良し悪しがシステムやサービスの開発のしやすさに大きく影響します。良いアーキテクチャを設計できる人材を育成することについて現場のエンジニアはもちろん、その先のお客様も一緒になって考えられるような、そういったプログラムや取り組みに発展できればいいな、とも考えています。
伊藤:小材さんの言うように、アーキテクチャ設計は感覚的で属人的な側面がありますが、思考過程をデザインシンキングのように体系化する。その結果、担える人材を育成し増やしていくことこそ、今後の我々のビジネスにとって重要だと私も考えています。難しいことではありますがね。
原:クラウドネイティブの技術者を、とにかく増やしたいですね。
今後はクラウドネイティブがシステム開発手法のスタンダードになってくる。その最先端を我々がキャッチアップし、育成プログラムを通じて全社に展開していく。そのような環境が実現できればと考えています。
―既存メンバーの育成はもちろん重要だと思いますが、社外の人材を迎え入れることは考えていないのですか?
原:全然ウエルカムですし、実際にすでに迎えています。たとえば、アプリを開発するスタートアップなどでクラウドネイティブに触れ、より深く携わりたいという方などです。さらに深くクラウドネイティブについて研究したいと、事業部ではなく我々シス研にジョインするような方もいます。
新しく入ってきたエンジニアが口を揃えて言うのは、エンタープライズ企業の基幹システムという大規模案件に携われることが魅力だと。かつ、今日紹介したようなクラウドネイティブなど、最新の技術を使うこともできる。結果として、両方のスキルや経験が身につくという声もよく聞きますね。
新しいメンバーが加わることは、これまでにない化学反応が起きたりもしますから、単に人材確保という側面だけでなく、NSSOL自体の技術の底上げといった面でも、良い影響があるとも感じています。
個人情報の保護と活用を両立するプライバシー強化技術の中でも、特に元データの構造や統計的な特徴を保持して生成される「プライバシー保護合成データ」は、有用性・安全性を高いレベルで実現しうるものとして期待され、海外ではヘルスケア領域での活用事例が報告されている。一方で、合成データの法的な位置づけや利活用シーンが不明瞭であること、合成データ作成の標準的な技術が確立していないこと、などの課題が存在し、国内での合成データ普及の阻害要因となっている。本稿ではプライバシー保護合成データの概要と現状課題について調査した結果を報告する。
波多野 卓磨
日鉄ソリューションズ株式会社
技術本部 システム研究開発センター
インテリジェンス研究部 主務研究員
中田 良祐
日鉄ソリューションズ株式会社
技術本部 システム研究開発センター
インテリジェンス研究部 研究員
山下 信哉
小野薬品工業株式会社
デジタル戦略企画部
データ戦略室 主幹部員
データの活用を抜きにデジタルトランスフォーメーション(DX)は語れない。しかし、最も有用なデータの1つでありながら、その活用に大きな制限がかけられているものがある。それは「個人情報」だ。個人のプライバシーを保護する観点から、個人情報保護法、人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針、ガイドライン等[1]により、個人情報の取り扱いに関する法的または事実上の細かなルールや制限が設けられている。もちろん、近年はグローバル化やAI・ビッグデータ自体への対応などを目的に個人情報保護法が改正[2]され、安全なデータ活用が進められるように変わってきてはいる。
しかし、データ活用の現場では、セキュリティ(データ管理)上の懸念などによって個人情報を活用しにくい状態が続いている場合が多い。個人情報が漏洩しないように、安全性を重視した厳格なデータ管理をしているためだ。最近は、改正個人情報保護法にて導入された匿名加工情報や仮名加工情報の制度に基づく、安全で有用なデータ活用の検討事例が出始めている[3]。しかし、こういった法制度の認知や活用の普及が十分に進んでいないという報告[4]もある。
こうした現状に対し、セキュリティやプライバシー保護に対する懸念を低減しつつ、データ活用を一層進めていくための技術として、新たにプライバシー保護合成データ(以下、合成データ)に注目が集まりつつある。本稿における合成データとは、「実在するデータと同じ構造と類似した統計的特徴を持つ、プライバシー保護を目的として新しく生成した架空のデータ」を指す。実在するデータの特徴を参照し(参照する特徴は合成手法によって変わる。データ型や分布状況、データ項目間の相関など)、その特徴を再現するように人工的に生成したデータである。別途、プライバシー保護を目的としない合成データ(例:[5])や、生データに由来しない合成データ(例:[6])もあるが、これらは本稿の範囲外とする。
日本ではまだなじみが薄いが、海外では合成データに対する関心が高まっている。国連やOECD(経済協力開発機構)が2023年に発行したプライバシー強化技術(Privacy Enhancing Technologies:PETs)に関するレポート[7][8]では、PETsの1つとして合成データが紹介されている。また、G7広島サミット(2023年5月開催)の関係閣僚会合では、特に合成データの活用に注目した推進計画が発表された[9]。
日鉄ソリューションズと小野薬品工業は、安全性と有用性を両立したデータ活用の実現に向けたプライバシー保護技術の調査を共同で進めており、直近は特に合成データに注目して調査を進めている。本稿は、2023年4月から2023年11月までに実施した調査結果を含むものであり、合成データの普及に向けて、その特徴と現状の課題について認知を高めることを目的として作成した。
図1を見てもらいたい。図の左側が元の個人情報で右側が合成データだ。合成データは、元の個人情報の列ごとのデータ型や値域等が類似しており、見た目に大きな違いが無いように作られている。また、適切な合成手法を用いることで、列ごとの値の分布や、2列の相関などの簡易的な統計的性質を類似させることができる。合成データは、AI(人工知能)モデルや統計モデルなどの、元の個人情報の構造や統計的特徴を抽出する仕組みを利用して生成する。そのため、元の個人情報と合成データの各行には直接的な関連性はなく、合成データから元データを復元することは、多くの場合難しい。
図1のケースでは、例えば元データの「身長や体重の分布状況」や「身長と体重の相関」などを学習・分析してAIモデルや統計モデルを作成している。そのモデルから、同じ分布や相関を持つデータを合成している。
元の個人情報と合成データの構造や統計的特徴が類似していれば、それらを用いたデータ分析の結果に大きな差は現れない。合成データの活用は、元の個人情報の活用を一定程度代替しうるものである。
日本では、法令が定める基準に従って個人が特定できないように個人情報を加工した「匿名加工情報」や、他の情報と照合しない限り個人が特定できないように個人情報を加工した「仮名加工情報」の活用が可能になっている。個人情報保護法における匿名加工情報は、法令で定められた基準・手続きを満たすことで、本人同意を取得することなく、利用目的以外での活用や第三者への提供が可能になる。
匿名加工情報は、その加工過程で生データの特徴(分布や相関)が変化してしまう可能性がある点に注意が必要だ。例えば、匿名加工情報の作成時には、個人の特定を防ぐために、特定の値を削除するか、一般化した値に置き換えなければならない場合がある。このような措置によってデータの特徴が大きく変化してしまうと、データの有用性が損なわれてしまう。
匿名加工情報のほかにも、「仮名加工情報」「統計情報[10]」がある。次の図3は、それぞれのデータ種別と合成データについて、安全性・有用性の観点で比較した概念図である。
プライバシー保護の面で、匿名加工情報は個人を特定できないように加工されるものの、どのレベルまで加工すれば匿名加工情報としての要件を満たすことになるのか判断が難しい面があり、あいまいさが残る。元の個人情報や仮名加工情報は安全性の面で、統計情報は有用性の面でそれぞれ課題がある。これに対し、適切に作成された合成データは、元の個人情報との関連が断ち切られた新しい「架空のデータ」であるという点で匿名加工情報よりも高い安全性を持ち[11]、個人情報や仮名加工情報の有用性を高いレベルで再現できる可能性がある、と言えるだろう。ただし、安全・有用な合成データの作成方法はまだ定まっていないため[12]、生成・評価手法の検討が不足していると、プライバシーの侵害やデータ活用の阻害が発生しうる点には注意が必要である。
ヘルスケア領域における合成データの活用は、海外では進行している。図4は、米ワシントン大学でのヘルスケア領域における合成データ活用事例である。
新型コロナウイルスのパンデミックを一刻も早く収束させるためには、研究者に広くデータを利用してもらう必要がある。一方、取得した診療データの安全管理も必要となり、配布・公開は難しい。そこでワシントン大学は、合成データを作成して外部と共有している。作成された合成データの品質については、ワシントン大学とイスラエル企業MDClone社の論文[13]にて、複数のユースケース(陽性患者の主要な特徴の探索や、入院リスクの予測モデル構築、流行曲線の予測など)を通して確認されている。論文中では、合成前後で比較すると、一部の例外はあるが全体的にはほぼ同じ結果が得られた、と報告されている。本事例は、合成データを元の個人情報と同様に扱える可能性を示唆している、と言えるだろう。
また英国では、研究計画立案のためのフィージビリティ検証目的で合成データが用いられる事例もある。
英国のNHS Digital[14]は、取得・蓄積したがん臨床データを基に、データ形式や統計量を一定程度保持した合成データを作成・配布している。当該データには、百万人以上の合成患者の、肺がん・乳がん等の検査データが含まれている[15]。研究者は、申請・審査が不要ですぐに利用できる合成データを用いて、研究企画の検討や分析用プログラムを作成することができる。合成データにて検証した研究企画とプログラムは、NHSに提出して審査・承認されれば、NHSにて生の個人データに適用されて、分析結果が研究者に提供される。研究者は、こうして得られた分析結果を論文作成に用いることができる。
このような合成データの活用方法は、機微データの活用企画の速度や、データ管理の効率に大きなインパクトを与えるだろう。
合成データの活用には大きなメリットがある半面、現状の法制度において合成データはグレーゾーンに位置している、と言える。この点について宮内・水町IT法律事務所の水町 雅子弁護士と議論した際、同弁護士は次のようにコメントした。
現行の個人情報保護法下では「個人情報」「仮名加工情報」「匿名加工情報」「統計情報」等の分類が存在するが、合成データがそのどれにあたるか、あるいは別のものとされるのかは、明確になっていない。
法的リスクについて不明確な現状では、合成データを活用しづらい。一方で、匿名加工情報の基準を満たすように合成データを生成できる場合も考えられるし、また特定の個人との対応関係が完全に排斥された情報は個人情報には該当せず[16]、統計モデルそのものも個人情報に該当しないため[17]、適正な加工を担保した上で、これらとの類似性を検討するという方向も成り立ち得ないものではない。
また、冒頭に述べたようにG7関係閣僚会合による計画が示されているものの、国内の合成データに関する法解釈・法改正などの方向性は、2023年11月時点では見えていない。適切な合成データの生成方法と、生成された合成データの位置づけに関する法的解釈について、今後詳細化・具体化していく必要がある。
合成データの生成には様々な手法が提案[18]されており、その評価手法は統一されていない。例えば合成データの安全性については、メンバシップ推定という攻撃により、あるデータが元データに含まれることが漏洩しうると指摘されており[19]、その対策のための評価が必要になる。
こういった技術的な課題の解決に向けた取り組みが日本で開始されている。2023年4月に、情報処理学会コンピュータセキュリティ研究会の分科会であるPWS組織委員会は「データ合成技術評価委員会」を立ち上げ、健全な合成データの利活用促進を目的とした活動を開始した[12]。当該委員会は、匿名性の低い合成データの利用によるプライバシー漏洩のリスクや、基準・手法が不明確であることによる技術適用の阻害、などの課題を想定している。これらの課題解決に向けて、プライバシー保護の有識者・実務者が、データ合成技術の評価や匿名性基準の検討をしている。この取り組みにより、合成データを活用する際の技術的なベストプラクティスが普及することで、合成データ活用の拡大が期待される。
合成データ活用の普及に向けては、業界ごとの具体的なユースケースの整備・共有も重要である。日鉄ソリューションズと小野薬品工業は、安全性と有用性を両立したデータ活用に向けた技術調査の一環として合成データに注目しており、製薬企業でのユースケースを検討している。
製薬企業は、個人情報を含んだヘルスケアデータを多く保有している。一方で、保有しているデータは、取り扱いが厳格な「要配慮個人情報」を含んでいるので、データの社内流通は非常に慎重に行われている。そのため製薬企業は、個人情報を含んだヘルスケアデータを安全に社内流通させ、安心して二次利用できる技術として「合成データ」に注目している。近年「データ利活用基盤」を構築し、積極的にデータ活用している製薬企業も多くなってきた。法的・技術的な課題が解決すれば、米ワシントン大学の事例を参考に、適切な手法で作成した合成データを「データ利活用基盤」に投入し、部門横断で活用する環境を提供することが可能になる。これにより、データ活用アイデアの発生を促し、データ活用による価値創出の機会を提供できると考えている。
今後は、合成データ活用の普及に向けて、弁護士や技術者と連携を深め、技術・法律・実用面での課題解決を目指して連携を深めていきたい。
本稿作成のための調査・執筆にあたり、多くの方々にご支援いただきました。
貴重なご助言を賜りました下記の皆様に、深く感謝の意を表示します。
その他本文記載の会社名及び製品名は、それぞれ各社の商標又は登録商標です。
NSSOLでは、2023年4月から5月にかけて、社内でChatGPTの活用方法を検討する社内ハッカソンをシステム研究開発センター(以下「シス研」)が主催し実施しました。約4週間という短いハッカソン期間でしたが、様々な職種のメンバーから構成された13チームが参加しました。本記事では、ハッカソンのイベントレポートとして、イベントの詳細や企画者・参加者の想いをお伝えします。
─今回ハッカソンはNSSOLの研究所であるシス研が主催しました。山田さんはシス研に所属されていますが普段はどんな業務を担当されていますか?
山田:私が所属しているシス研の研究グループでは、ChatGPTが公開された2022年11月のはるか以前より、大規模言語モデル(LLM)をはじめとした自然言語処理の業務適用に関する技術知見を蓄えていて、実際にいくつかのソリューションを公開しています。私はそのグループで主にAIシステムのアーキテクチャに関する研究開発や事業支援等をしています。
─今回のハッカソンのど真ん中の研究をしているのですね。では、本題のハッカソンですが、まずは概要を教えてください。
山田:本ハッカソンは、「ChatGPTを活用して、自分たちが業務で抱える課題を解決できるアイデアを生み出す」ことをテーマとしました。参加者の皆さんには4週間のハッカソン期間の中で、シス研に所属する生成AIの研究員から支援を受けながら、ChatGPT活用のアイデア出しと、検証実験に取り組んでもらいました。チーム単位で応募を受け付け、最終的には13チーム26名が参加してくれました。短期間での実施という厳しい条件にもかかわらず、多くのチームから申し込みがあり驚きました。
─多くの方が参加されたのですね!やはりSEが多かったのでしょうか?
山田:SEはもちろんですが、コンサルタント、管理スタッフ、研究員、など社内のあらゆる職種の社員が参加してくれました。
─みなさん、参加意識が高いですね。では、続いてハッカソンの狙いを教えていただけますか?
山田:先ほどお話しした社内業務の課題を解決できるアイデアを生み出すことの他に、社内のChatGPT活用や生成AI活用に関するリテラシーを高めることも狙いとしました。それは、現場の課題に取り組む非専門家が生成AIを活用できるようにすることが、社内外のDXに不可欠だと私たちは考えているからです。
─非専門家も活用できることが社内外のDXにとって重要なのはなぜですか?
山田:生成AIはこれまでシステム化の対象になりづらかった非定型・非ボリュームゾーンの業務にも適用可能な技術のため、社内の個々人や部署単位で生成AIを活用できる場面が多くあるからです。そのような業務に対して生成AIを適用するには、情報システム部の社員だけではなく、現場の課題に取り組むメンバーも安全・効率的に利用できるような企業内の仕組みの整備と利用者自身の生成AI活用リテラシー向上が必要です。
─なるほど。その生成AI活用リテラシーとは、具体的にどういったものでしょうか?
山田:解きたい問題を生成AIの特性を踏まえた形式で表現する力や、生成AIの出力を適切に利用する力を総称して「生成AI活用リテラシー」と呼んでいます。
利用者は、生成AIに指示文(プロンプト)を与えて問題を解かせます。このプロンプトが生成AIの特性を踏まえた書き方になっていないと解答の精度が大きく下がるため、利用者は自身が求める解答を得やすくなるようにプロンプトを工夫する必要があります。また、生成AIの出力にはハルシネーション(もっともらしいウソ)や著作権に違反するコンテンツが含まれてしまう等の問題もあるため、利用者は出力内容を利用するにあたりその適切性を判断・レビューしなければなりません。
─研究員が参加者をフォローしたのも生成AIリテラシー向上支援が目的でしょうか?
山田:はい、ハッカソンの目的は順位付けをすることではなく、あくまで社員たちのリテラシーを高めることでした。そのため、生成AI領域を担当する研究員がメンターとして参加者をフォローしながら、参加者の気づきが互いに共有できるように、環境の利用方法や解決策などのやりとりをオープンなチャットスペース上で進めていきました。
シス研としても、実際に現場で活用するにあたっての生の課題を知っていきたいと思っていたので、参加者のみなさんのちょっとしたつまずきは大変参考になりました。
─参加者にとって研究員のフォローは心強かったと思います。では、利用者が安全・効率的に生成AIを活用するには企業にどんな仕組みが必要になりますか?
山田:現場の非専門家が利用する場合でも、様々なリスク(法令、セキュリティ等々)を低減しつつ実験・検証を効率的に進められる仕組みが必要です。前述したように、生成AIの出力には著作権侵害コンテンツや脆弱性のあるコード等が含まれうるという問題がありますし、悪意あるプロンプトを入力してシステムを不正に操作するプロンプトインジェクションという攻撃手法も問題になっています。
利用者が安心して生成AIを利用するためには、これらのリスクを低減する仕組みづくりが課題となります。また、車輪の再発明を防ぎ業務改善を加速するために作成したプロンプトやアプリのコード等を含む生成AIの活用事例を共有するコミュニティや仕組みづくりも課題になります。
NSSOLでは、社内利用ガイドラインやリファレンスアーキテクチャの作成等をシス研含む技術本部一体で行っています。
シス研の活動の一つには、新しい技術を使い倒していくためのルール、ポリシーを作り上げていくことが含まれています。現実の制約と追及すべき技術的メリットの落としどころをどう整理するかを議論することは、社内だけでなく、実際にお客様への活用方法を提案するにあたっても重要な素地になったと考えています。
─ありがとうございます。ハッカソンの話題に戻りますが、発表会や選考はどのように行ったのでしょう?
山田:各チームの発表については、社員なら誰でも参加できる「成果報告会」をオンライン上で開催しました。そこでは全チームがプレゼンを行った後、参観者全員に「社内外に成果をアピールしたい」と思えるチームを3つまで投票で選んでもらいました。
─その投票もオンラインですか?
山田:はい、その場で結果が出て、4チームが優秀チームとして選ばれました。成果報告会は時間の関係もあり簡易なプレゼンだったので、後日「最終成果報告会」として優秀チームにもう一度詳細なプレゼンをしてもらいました。この時は業務時間外でしたが、参観者が70名近く集まり、社内のハッカソンへの関心の高さを感じましたね。
─優秀チームに選ばれた山本さんと新井さんにお聞きします。お二人が応募したきっかけを教えてください。
山本:私はユーザーのデジタルワークプレイスを提供する事業部におり、そこでは、VDI/DaaSとその端末やMicrosoft365、監査、セキュリティソリューションなどを統合的に提供しています。そのため、ユーザーがGPTやMicrosoft365 Copilotなどの生成系AIを活用する時に、現時点ではどんな活用ができて、さらなる利活用をするにはどのようなサービスや機能があれば喜んでもらえるかを探るために参加しました。
新井:私はデータ活用に関する企画・上流支援、案件実行を行う部署で、コンサルタントをしています。近年の生成AIの盛り上がりを受け、自身の関連する業務の多様な分野で生成AIが使われ、業務が高度化する未来に可能性と危機感を感じていました。生成AIを自身の業務や事業を高度化するための武器として活用するための引き出しを増やしたいと思っていたところ、同様の課題感を持つ同僚から声をかけてもらいチームで参加しました。
─お二人はハッカソン参加前に、生成AIを業務で利用した経験はありましたか?
山本:私は利用したことはありませんでした。
新井:私は大きく2つの観点で生成AIを利用していました。1つ目は、プログラミングで実装したいイメージがある場合に、検索エンジンを利用するのと並行して、生成AIに依頼して作成してもらったサンプルコードを参照していました。非常に業務効率化に繋がっていたのですが、時折あったら嬉しいが存在しないAPIを使った実装を回答するのでその際はとても悲しい気持ちなりました。2つ目は、業務で関わる特定業界の専門用語や業務の概観、また私が把握できていない技術的な概念など自身の引き出しのない知識を得るための第一歩として、ChatGPTを利用していました。
─実装したアイデアはどのようなものだったのでしょうか?
山本:ChatGPTにメール対応業務のアシスタントになってもらいました。メールの内容をプロンプトとしてChatGPTに投げると、内容から返信要否を判断したうえで返信メールの文章のたたき台を作成してくれます。また、メールに記載されている受信者への依頼事項候補のリストアップもしてくれます。もう少し工夫すると、ChatGPTが実行可能なタスクについてはそのまま代行してもらうことも可能です。
新井:新規ビジネスの立ち上げやソリューション開発の高度化・効率化を目的に、企画書のひな型整備とChatGPTのプロンプト集の作成を行いました。ひな型整備による作業計画立案時間の短縮と、実際の市場調査や分析をChatGPTに任せることによる作業負荷軽減により、初期調査に必要な期間を合計0.5人日弱までに削減し、工数削減やソリューション探索過程のPDCAサイクルの改善を目指しました。
─山田さんはお二人の発表についてどう思われましたか?
山田:山本さんの取り組みは、これまで自動化・システム化の対象になりづらかった非ボリュームゾーンかつ非定型な業務をターゲットとした点がとても良いと感じました。ChatGPTはこれらの業務に対しても柔軟に適用可能な点がこれまでの技術との違いだと考えていますので、現場の方々自身がChatGPTを用いて課題を解決するというモデルケースになったのではと思います。
新井さん達の取り組みは、ChatGPTの長所でもあり短所でもある「広く浅い知識をベースにそれらしい文章を生成する」という能力をうまく活かして企画書の作成を効率化するものでした。あまり詳しくない分野に関する資料をゼロから作るのは非常に大変です。でも、内容が薄かったり多少の誤りを含んでいたりしてもベースとなるものさえあれば、それに肉付けしたり修正したりしながら効率的に資料を作成できますので、とても良い適用例だと感じました。また、実際に業務に組み込んだ際の改善効果を定量的に見積っていた点も非常に良かったですね。
─優秀チームは4チームあったと聞いていますが、他のチームはどのような発表だったのでしょうか?
山田:社内に蓄積された技術情報の活用、データの名寄せへの活用、ビジネスメタデータ探索への活用などです。
─なるほど。興味深い内容ですね。山本さん、新井さん、ハッカソンに参加した感想はいかがでしたか?
山本:AIもコーディングも初心者、という立場で参加しましたが、実際に参加してみると簡単な活用はできるものの、より利益につながる利活用を実現するには、AIの知識やローコード環境が必要だと感じました。また、試行を重ねる中で無意識に機密情報や著作権侵害が含まれたものを生成してしまう恐れも感じました。これらハッカソンで得たことをブレイクダウンしていき、ユーザーが安心して簡単に生成AIを利活用できるようなデジタルワークプレイスの提供につなげることができたらと考えています。
新井:参加しての学びとしては、現時点での「企画業務における生成AIの活用方法と限界」が把握できたことです。市況感の把握、簡易なレポートの作成、課題のアイデア出し等は、プロンプトを工夫しながら生成AIに任せることで、不慣れなコンサルタントよりも高いアウトプットを出すことができると実感しました。一方、プロンプトを工夫しても一般的な目線からの回答になってしまう傾向があり、企画の意思入れや詳細な調査は人力が必要という現時点での限界も知ることができました。今後は、ハッカソンの成果物を部内展開することで、会社としての企画力向上に寄与したいと考えるとともに、生成AIを組み込んだソリューションの企画にも貢献したいと考えています。
─山田さん、最後にハッカソンを通じて得たものについて今後の研究にどう活かせそうでしょうか?
山田:まず、本ハッカソンを通じて生成AIに高い関心を持つ方々とのつながりができたことが大きな成果だったと思います。今後もこのコミュニティをさらに広げていき、情報共有や議論を活発化させていきたいと考えています。また、本ハッカソン用環境の構築や参加者の取り組みから、業務課題に生成AIを適用するうえでのノウハウや課題がいくつも得られました。今後はそれらをもとに、全社における生成AI活用やお客様の課題解決につなげていきたいと考えています。
─ありがとうございました。
アジャイル開発などDXを実装するITエンジニアの人材確保は、業界全体の課題です。そうした中で、NSSOLは島根県出雲市様と株式会社イーグリッド様とともに、3者共同で「インキュベーションラボ」の立上げを目指しています。これは地方のITエンジニアが、首都圏の企業と協業する場を設けることで、高難度の開発案件にかかわる機会を作り、ITエンジニアを育成する仕組みをつくる試みです。この取り組みが描く未来。それはエンジニアが成長できる舞台を増やし、出雲市も活気づける「エコシステム」を生みだしていくことです。
写真左から
出雲市長 飯塚 俊之様
NSSOL 流通ソリューション事業本部 小島 朋夏
NSSOL 流通ソリューション事業本部 千葉 諒太郎
株式会社イーグリッド 代表取締役 小村 淳浩様
千葉 諒太郎(以下、千葉):イーグリッド様には現在、首都圏のスタートアップ企業の開発案件にご協力いただいています。首都圏では近年、プログラミング言語「Ruby」を扱える人材の確保が難しくなっています。Rubyは、Railsという強力なフレームワークと組み合わせることでWebシステムを素早く構築可能なことから、特に日本のスタートアップ企業において多く採用されてきました。そのようなエンジニア不足の背景がある中、特定の機能開発をまるごとおまかせしても差し支えなくこなすことのできる、ガバナンスのよく効いた開発体制を持つイーグリッド様のご協力を大変ありがたく思っています。
小村 淳浩(以下、小村):以前からお付き合いのあるNSSOLさんに、今回「インキュベーションラボ」の構想へのご参画を提案したのも、こうした「発注者が、プロジェクトの人材を固定できず、人材流動性に悩まれている」というIT業界の課題の解決が必要だと考えていたからです。
小島 朋夏(以下、小島):イーグリッド様が構想されている「インキュベーションラボ」とは、どういった施設なのでしょうか。
小村:「インキュベーションラボ」は、イーグリッドが中心となり、島根県や出雲市に拠点を置くIT企業が連携して、地域の課題解決を行う「場」を作るという構想です。
具体的には、NSSOLのような首都圏の企業と協業することで高難度の開発案件に関わる機会を作り、プロジェクトの実経験を通じてエンジニアの育成・底上げをしていくことを目指しています。
千葉:エンジニアの育成では、ペアプログラミングなどのOJTが効果的であると、私たちも実感があります。
加えて「どんなプロジェクトを経験できるか」も、エンジニアの成長スピードを左右します。例えば、安定フェーズに入ったプロジェクトよりも、新規プロジェクトのほうが、新しく開発を行う部分が多く、スピードも技術も求められます。加えて、高難度の案件であれば、より飛躍的な成長につながります。
「インキュベーションラボ」に、私たちNSSOLが関わることで、それらの機会を提供できると考えています。
小村:「インキュベーションラボ」を構想する上でも、地方でもエンジニアがスキルアップできる環境を得られるようにすることが重要だと考えていました。地方においては、そもそも難易度の高い開発案件に関わる機会が少ないことが現状であり、課題として感じていたからです。
千葉:私自身も地方出身なので、先端技術を採用しているプロジェクトが首都圏に偏っていることをよく理解しています。イーグリッド様の「インキュベーションラボ」の構想は、地方のエンジニアの育成・底上げにつながるものだと思っています。
小島:こうした課題と取り組みを、行政はどう捉えているのでしょうか。
飯塚 俊之(以下、飯塚):行政としても、この取り組みを応援したいと思っています。
進学や就職を理由とする若い世代の地元離れは、出雲市にとっても他人事ではありません。大都市と比べると進学先や就職先の選択肢が多くないのが地方都市の実情で、いかに「働いてみたい」「やりがいがある」と思える仕事、職場を増やせるかが地域活性化の鍵となります。出雲市でIT産業が育てば、魅力的な仕事の選択肢が増えることにつながります。
「インキュベーションラボ」のような取り組みは、U・Iターン者の増加のみならず、出雲市の若い世代に希望を与える取り組みになるでしょうね。
小島:小村様ご自身も、Uターンで出雲市に戻り、そして起業されていますね。U・Iターン先としての出雲市の魅力は、どんなところにありますか。
小村:働く環境としては、「通勤が楽であること」「自然が多くオンとオフのメリハリを持って働けること」が、大きな魅力ですね。当社は私以外にもU・Iターン者が多いのですが、そのメンバーを中心に「釣り部」が結成されたほどで、大都市では実現できないような環境が身近にあり、ゴルフや釣りに行くにも20分ぐらいあれば現地に行けます。
あえてネガティブな要因を挙げるとしたら、「起業する上で、情報格差がある故に大規模案件に関わる機会が得づらいこと」と考えていることでしょうか。しかし、当社をはじめ出雲市のIT企業が大都市の開発案件に参画できているように、工夫次第でそうした機会は得られると思います。
千葉:ロケーションフリーな働き方が広がっていますが、特にITエンジニアはその制約が少ない業種ですからね。
飯塚:出雲市では、リノベーションした古民家や廃校をオフィスとして活用した取り組みがあります。これらのオフィスは、ありがたいことに東京の企業や地元企業にご入居いただき、現在満室となっています。今後もこうした拠点整備を進めて、さらなるU・Iターンの促進につなげていきたいと考えています。
小村:地域課題の解決には、ITの力が欠かせません。地方でこそ、企業も個人も成長し、地域課題を解決するソリューションが生まれることが必要です。そうした課題感からも、出雲市は支援に力を入れていただいていると認識しています。
小島:出雲市長・飯塚様にお聞きします。今、小村様も言及されましたが、出雲市はIT人材育成に積極的だとお聞きしました。それにはどんな背景があるのでしょうか。
飯塚:「チーム出雲オープンビジネス協議会」という、市内IT企業21社が組織する団体があります。この協議会に精力的な活動をしていただいていることが大きかったと思います。
小村:Rubyの開発者である、まつもとゆきひろ氏が島根県在住ですが、まつもと氏を中心にIT業界の皆さんが精力的に活動していらっしゃいます。私が約18年ぶりにUターンしてきた時、こうした活発な動きに驚きましたね。
飯塚:今日、地方自治体が抱えている課題は、行政だけで解決できるものではありません。そのためには、民間企業の力が欠かせませんが、地域に「好循環」をもたらすことと、「エコシステム」が重要であると考えています。
「インキュベーションラボ」での取り組みを通してエンジニアが成長し、エンジニアが集まる。そして、さまざまな企業から挑戦的なビジネスの機会をいただき、成長したエンジニアが地元のDXに貢献してくださる、そんな好循環が巡る未来を実現したいと思います。「人材の成長」と「ビジネスの発展」は欠かせない両輪であり、こうしたエコシステムが生まれることに、出雲市としても期待しています!
千葉:NSSOLとしても、その好循環をまわしていけるよう、「インキュベーションラボ」への参画をはじめ、お力になれればと思います。
─ありがとうございました。
写真左から
NSSOL 技術本部 システム研究開発センター主務研究員 波多野 卓磨氏
小野薬品工業 デジタル戦略企画部 データ戦略企画推進室 主幹部員 山下 信哉氏
NSSOL 社会公共ソリューション事業部 ソリューション企画推進部 技術グループ エキスパート 蓮井 涼祐氏
創業300年を超える小野薬品工業が、デジタルトランスフォーメーション(DX)戦略の一環として全社データ活用基盤「OASIS」を立ち上げた。その目的の1つに、部署ごとに閉じてきたデータ活用の“サイロ化”を解消し“全社横断”のデータ活用の実現がある。だが、新薬開発などに関わる医療データの取り扱いには特に注意が求められる。そのため匿名化・仮名化といった対応の検討・実行を日鉄ソリューションズ(NSSOL)が支援した。医療データ活用に向けた取り組みや今後への期待を、OASISプロジェクトの担当者が語った。(本文敬称略)
─製薬業界におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)が本格化するなか、小野薬品工業は医療データ活用を柱とするDX戦略を打ち出しています。
山下 信哉(以下、山下):小野薬品工業 デジタル戦略企画部 データ戦略企画推進室 主幹部員の山下 信哉です。創業300年を超える当社は常に、小野にしかできない挑戦を続け、革新性や独創性が高い新薬を生み出してきました。
山下:企業理念を実現し、当社らしい挑戦を加速するために打ち出した当社のDX戦略は“人”を中心に据えているのが特徴です。DXは一般に、技術中心の取り組みだととらえがちですが、当社では、患者とその家族、医療従事者、従業員など、医療・ヘルスケアに関係するすべての人に新たな体験価値を届けることが重要だと考えています。
製薬会社である当社は、多くの部門が種々のヘルスケアデータを保有しています。例えば、創薬における薬事承認を取得するために収集している臨床試験データや、新たな医療エビデンスを構築する目的で医療機関から収集する臨床研究データや安全性情報などのデータです。今後は、健康・医療・介護に関する個人情報であるPHR(Personal Health Record)をスマートフォン用アプリケーションなどで収集することも一般化してくるとみています。
これらのヘルスケアデータは、個人情報保護法の2度の改正により、「匿名加工情報」や「仮名加工情報」に加工すれば取得時に設定した目的以外に利用する二次利用が法的に可能になりました。この環境変化を当社は変革のドライバーととらえ、データを保護し種々のリスクを抑えながら、高度なデータ解析ができる環境を実装することにしました。
─小野薬品工業としては、どのようなデータ活用を目指すのでしょうか。
山下:AI(人工知能)・ビッグデータの時代を向かえた今、時代に対応しつつ会社全体でDXを推進するためには、これまで以上にデータの活用が求められると考えています。そのなかでDXが成功するためには、“攻め(推進)”と“守り(保護)”の両輪が重要だと言われています。
“攻め(推進)”は、上述したようなデータ活用における対象データや利用範囲の拡大が中心になります。さまざまなデータを予測や意思決定に活用するためには、高度な解析技術や、それに耐えうるデータ活用基盤が必要になります。
一方の“守り(保護)”では、最近のキーワードで言えば「デジタルガバナンス」の概念が重要になります。データを保護しつつ、リスクを抑えながら、データをいかに活用するかという、保護と活用を両立できる仕組みを構築しなければなりません。
ヘルスケアデータは従来、それを収集した部門がデータオーナーとして、目的外利用が起こらないよう厳格に管理してきました。しかし二次利用をうながすためには、部門を問わず必要なデータにアクセスできるよう、データ管理のあり方を見直す必要があります。
そもそも企業の責務として、ヘルスケアデータには厳格な管理が求められています。二次利用に向けた追い風があるとはいえ、万一、個人情報の扱いが原因で何らかのインシデントが発生すれば、企業の社会的信用を失墜させるリスクがあります。
ヘルスケアデータの二次利用に向けた“攻め(推進)”と“守り(保護)”をどう両立させるのか。この課題について当社では以前から議論を重ねてきました。結果、たどり着いたのが、全社共通のデータ活用基盤を構築し、その基盤上で二次利用を推進していくというコンセプトです。
具体的には、当社が「OASIS(Ono Advanced Scientific Insight Service)」と呼んでいる統合データ利活用基盤で、2022年8月に本番稼働しました。現在は、OASISへのデータ投入しながら、ヘルスケアデータの二次利用を現在進行形で進めています。
─OASISは、どのようなデータ活用基盤なのでしょう。
山下:OASISは、小野薬品の各部門が保有しているヘルスケアデータや、商用のRWD(Real World Data)、広く公開されているオープンデータなどを横断的に分析できる統合データ活用基盤です。部門ごとに管理してきたデータを一元管理でき、これまで以上に強固なデータガバナンス体制を実現しました。
ヘルスケアデータを二次利用し、多様な角度から分析することでデータの価値を最大にまで引き出せます。一層のエビデンス創出に対するニーズを満たすだけでなく、研究開発サイクルを短期化したり、新しいビジネスモデルを確立したりという効果も期待しています。
OASISの最大の特徴は、データの管理だけでなく、データ活用プロセスにおいて必要な機能やサービスを網羅的に実装していることです(図1)。データを取り込む際のデータ設計から、取り込み時の形式変換、データのカタログ化、二次利用のための匿名化・仮名化、AIモデル開発、アクセス制御までをカバーしています。
山下:いずれもデータ利用者の手をできる限り煩わさずに、安心・安全に多様なデータ活用に取り組んでもらうための“攻め(推進)”の施策です。そこでは、従来の各部門によるサイロ化した管理から脱却し、デジタル・IT部門と、データの管理者であり利用者でもある現場が共同でデータ基盤を整備・運用することで、データの流通をうながし、データの活用度を高めていきます。
デジタル・IT部門と、部門や利用者との役割分担としては、OASISに取り込む前のデータはそれを保持する各部門がデータオーナーとして、OASISに取り込み二次利用する匿名化・仮名化したデータおよびシステム全体のセキュリティはデジタル・IT部門が、そのデータの利用に関しては利用部門が、それぞれに責任を負う体制にしました。
─ヘルスケアデータの二次利用は、どのようなプロセスで進むのでしょうか。
山下:2022年4月に施行された個人情報保護法や、認定個人情報保護団体である日本製薬団体連合会(日薬連)のガイドラインなどでは、匿名加工情報や仮名加工情報が定義されています。ですが、製薬企業が主に取り扱うヘルスケアデータを具体的にどう取り扱うのかについては、情報が少ないのが実状です。特に「仮名加工情報」の取り扱いは製薬業界には参考になる事例があまりない状況でした。
そもそも製薬業界には、薬機法(正式名は「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」)などのように業界特有の法律やガイドラインが多くあります。二次利用のためには、個人情報保護法も含めた、さまざまな法制度を踏まえたルールなどビジネスシステムの設計が必要になります。医療分野で知見の深いパートナー企業との協業を模索していました。
OASIS構築に向けたベンダー選定を経て、日鉄ソリューションズ(NSSOL)にパートナーとして対応して頂くことにしました。NSSOLは、次世代医療基盤法に基づく政府認定事業において、実際に医療情報を匿名加工した実績を持つ、国内では数少ない事業者の1つです。統合データ活用基盤の構築実績もあり、技術面と業務面の双方からの支援を期待しました。
蓮井 涼祐(以下、蓮井):NSSOL 社会公共ソリューション事業部 ソリューション企画推進部 技術グループ エキスパートの蓮井 涼祐です。当社の社会公共ソリューション事業部では、次世代医療基盤法に基づく認定事業に取り組んでいます。
今回のOASISの実現に向けては、システム全体を当社の統合データマネジメント基盤「DATAOPTERYX」で運用。そのうえで二次利用のための匿名加工・仮名加工には、認定事業における匿名加工に利用実績がある匿名加工データ流通ソリューション「NSDDD\エヌエスディースリー」を活用しています。
蓮井:匿名加工・仮名加工を簡単に説明すれば、法律に定められた基準に基づいて、特定の個人が識別できないように個人情報を加工することです。具体的には、データを削除したり、一見ランダムに見える文字列や一般化した値に置き換えたりします。この処理はNSDDDが持つ機能で実現可能です。
しかし、その際に重要なのは、その加工方法や提供方法を定めることです。そのためには、(1)データの二次利用の目的、(2)データに関わる法令/契約の順守、(3)データが含む項目と意味の調査と正しい理解が不可欠です。
各種要件を満たす加工方法や提供時のルールについては、山下様や小野薬品の法務部門の担当者様と共に検討し、最終的には「個人データ加工審査委員会」という会議体が、適切に判断されているかを審査し確定します。こうした業務プロセスや、OASISが対象にするデータごとに策定した個別ルールは「データセキュリティ・ガイドライン」という文書にまとめ蓄積しています。
山下:補足すると、ガイドラインには「リスクベースアプローチ」という概念を落とし込んでいます。このアプローチにより、情報の削除や加工によって再識別リスクが低減する一方で研究などに必要な情報も同時に失われてしまうというジレンマを解消しているのです。
具体的には、データ利用者のリスクを踏まえたうえで、リスクをどの程度許容するかを評価する「事前リスク評価」の後に、「再識別リスクを低減するための加工設計」を施し、加工後のデータに「安全性・有用性の問題がないかの評価」をすることによって実現しています。
波多野 卓磨(以下、波多野):NSSOLシステム研究開発センター 主務研究員の波多野 卓磨です。研究開発部門に所属し、プライバシー保護技術の研究と実適用を担当しています。
波多野:実のところ、匿名加工・仮名加工に必要な技術自体は決して難しいものではありません。ただ蓮井が説明したように、どの法制度・契約を参照して、どう加工・提供すべきかを決める際に配慮すべき点が多いことが、難易度を高めています。その難易度の高さは、実際の案件に携わって初めて気づけました。
例えば、プライバシー保護技術に関する学会では、先進的な技術を用いた新しいデータ活用手法が提案されています。一方で、実際に技術を現場に適用するためには、業界や業務ごとの法制度やルールなどの制約への対応も検討する必要があります。先進技術の実用化を担う部門の一員として、必要な匿名・仮名加工に、まずは人手で対応しながら、効率化・省力化に向けた課題の抽出と研究テーマの検討を継続しています。
山下:データ活用が本格化してくれば、扱うデータの量や種類も急増し、その利用目的も多様化するはずです。そうなれば、匿名・仮名加工への対応負荷が課題になると想定できます。パートナーであるNSSOLと協力しながら対応していきたいと考えています。
─今後の取り組みについて、教えてください。
山下:OASISで活用できるデータのさらなる拡充を図っていきます。OASISによるデータ活用は、医療・ヘルスケアに関わるすべての人の体験価値の向上や、創薬における開発期間の短縮など多様な可能性を秘めています。その推進・拡大のために、デジタル・IT部門は、あらゆる手を尽くしていきます。さらに当社の取り組みを社外にも発信し、製薬業界全体のデータ活用拡大に貢献したいと考えています。
蓮井:OASISを基盤とした社内外のデータ流通における効率化・省力化の実現に取り組んでいきます。当社研究開発部門と連携し、データに関わる法令・契約の調査の効率を高めるためのプロセス改善や、OASISプロジェクトで得られたノウハウを生かしたNSDDDへの機能追加を進めていきます。
波多野:当社事業部門と連携したプロジェクト支援に並行して、小野薬品工業様と連携した対外発信に取り組みたいです。プライバシー保護技術の学会や製薬業界に向けたセミナーなどで、OASISの匿名・仮名加工の事例を共有させていただき、プライバシー保護技術の実適用と利用拡大を図りたいです。
─ありがとうございました。
AI/機械学習を用いたデータ分析技術を競う世界的コンペティションプラットフォーム「Kaggle(カグル)」。世界中のデータサイエンティストやエンジニアら18万人が参加し分析技術の腕を競い合う。このコンペティションで秀でた成績を残した人には「称号」が与えられます。
中でも、「Kaggle Competition Master」は日本に約200人、「Kaggle Competition GrandMaster」は世界に約263人しかいない、まさに高い技術・知見を持つデータサイエンティストの証となっています。NSSOLのデータサイエンティストはこれまで何度もコンペティションで好成績を収め、Master・GrandMasterが誕生しました。今回はそのメンバーを中心にKaggleの魅力を語ります。
─みなさんはデータ分析に関わる業務をされているとお聞きしていますが具体的にはどのようなお仕事でしょうか。
佐藤:私たちシステム研究開発センター(以下、シス研)のメンバーはインテリジェンス研究部データ分析第1グループに所属していて、そこで機械学習・深層学習などデータ分析技術の最新動向を調査し、実課題への適応を目指した研究開発をしています。また研究だけでなく、事業部の実案件に参画しデータ分析を通じてお客様の業務の高度化やビジネスの改善・改革の支援をしています。
徳竹:私の所属するDX&イノベーションセンター(以下、DXIC)データテクノロジ&コンサルティング部データサイエンスグループは、顧客のデータ利活用の高度化と規模拡大への貢献を目指す組織です。具体的には、AI・最適化といった技術を基に、顧客業務に寄り添いデータ利活用テーマ検討から実行までの支援や、特定の顧客に限らない課題へのアプローチとしてソリューション企画を実施しています。また、顧客・自社向け問わず、データ分析・企画人材の育成にも取り組んでいます。
─なるほど。高度なデータ分析力が求められるお仕事をされていますね。
そんなみなさんは、これまでKaggleのさまざまな分野のコンペに挑戦されています。一番印象深いコンペはなんでしたか?
佐藤:2020年のRSNAコンペですね。胸部CT画像から肺塞栓症という病気を予測するもので、金メダルをギリギリでとり逃してしまい、悔しい思いをしましたが、それをきっかけにさらにKaggleにのめり込むようになりました。
山岡:印象深いと言えば2019年のBengaliコンペでしょうか。文字認識というシンプルなコンペではあるのですが、データセットの観察が甘く、大きく順位を落とした経験からデータをよく見て考えるという戒めになっていると思います。
太田:どれも思い出深いコンペばかりですが、強いて挙げるならPANDAコンペを紹介したいです。病理の画像から前立腺がんのグレードを当てる内容でした。期間中に色々なことを考え試行錯誤してようやく獲得できた金メダルは格別でした。
横井:どのコンペも印象に残っていますが、初めて本気で取り組んだ「Mechanisms of Action Prediction」ですかね。創薬の実験で得られた遺伝子発現のデータから化合物の作用(MoA)を予測するコンペでした。社内メンバーでチームを組み、力を合わせて銀メダルを取ることができました。全力でコンペに取り組むと、さまざまな知見を学べることがわかったので印象に残っています。
徳竹:2021年に参加した「G2Net Gravitational Wave Detection」が印象に残っていますね。ブラックホール連星が生み出す重力波の信号を検出するコンペで、社内チームで参加しました。時には夜遅くまで議論しアイデアを出し合うことで、汎化性能の高いモデルを作ることができました。学生時代に宇宙物理学を専攻していたこともあり、テーマ自体にもワクワクして取り組めましたね。
─ありがとうございます。ちなみに、先日、入賞を果たした「Google Universal Image Embedding Challenge」とはどのようなものだったのでしょうか。
山岡:このコンペの課題は「さまざまなドメインの画像群から、検索対象と同じ物体が写っている画像を見つけるモデルを作成する」というものでした。通常のコンペでは主催者から「学習データ」が提供されるのですが、このコンペでは「学習データ」は一切提供されませんでした。そのため、与えられた課題を解くだけではなく「どのようなモデルを構築するべきか?そのためにはどのようなデータを集めるべきか?」という部分から俯瞰的に考えることが求められました。
横井:いままで取り組んできた画像系コンペの知見が活かせたことも大きいです。
太田:闇雲に手を動かすのではなく、まずはアプローチをよく検討して3人で一つずつ検証したことが功を奏しました。
─みなさんがKaggleに取り組む意義を教えてください。
横井:データ分析は、とにかくやり続けないと、スキルも考え方もすぐに衰えてしまうので実践の機会がとにかく重要です。Kaggleを通じてデータ分析の実践を繰り返すことで、さらに技術と知見を磨いていきたいです。
佐藤:Kaggleは、国内外のデータサイエンティストとの交流の場でもあります。技術情報の収集する機会にもなりますし、何より専門同士の交流は刺激になります。また、応用研究がメインのシス研にとっては、最新技術を試す環境としても役立っています。
山岡:Kaggleは研鑽に向いていると思っています。案件では使われないような技術を試すこともできますし、他のデータサイエンティストが同じデータに対してどのようなアプローチを取るのかを知れる場でもあります。また、参加によって得られる経験やスコア・順位を通じて対外的に実績をアピールできる場とも捉えています。
徳竹:「自分たちの技術・アイデアで世界と競うことが楽しい、ワクワクする」というのが、一番のモチベーションですね。今後はシス研に限らず同志を増やして、人材育成にも貢献していきたいです。
─皆さんは、Kaggleから何を得ているのでしょうか。
横井:Kaggleでは、現実に存在する課題に近いテーマが出題されることも多くあり、Kaggleの場を活かして実案件をイメージした試行錯誤を行えます。すると、実際にそうした課題に関連する案件をご依頼いただいた時に、そのおおよその難易度や解決に向けた糸口をイメージしやすくなります。
また、複雑な問題を依頼された時も、Kaggleで似たテーマに取り組んだ経験があると、「この部分はこうすれば解ける」「ここなら、すぐに着手できる」と、アプローチ方法を検討する際に経験を生かせる場面もあります。
太田:私は普段の業務で画像認識の技術を活用したプロジェクトに多く取り組んでいて、Kaggleでも画像系のコンペに多くチャレンジしています。それらの経験から「問題へのアプローチの組み立て方」「モデリングの勘どころ」「それらを実現する実装力」「ライブラリのマニアックな知識」などが培われたと実感していて、こうした技術は普段の業務の至る所で発揮されています。
─Kaggleを通して実業務で用いるスキルを養っているのですね。
徳竹:Kaggleで分析スキルを磨けるのはもちろんのこと、実案件での分析テーマ企画段階でも大いに役立ちます。データと向き合い、一連の分析を行った経験がないと、「このデータがあるなら、この課題はどれくらい解けそうなのか」を見積もることができません。また、Kaggleには、追加データを使っても良いコンペもありますが、「どんなデータを用意すれば、課題を解けるか」を考えるのは、まさにビジネスの上でも役立つものです。
─具体的な事例はありますか?
徳竹:私がIoXソリューション事業推進部にいた時に、画像認識でブドウの収穫量や病害を検知するソリューションを担当しました。この案件では、「植物の葉の画像から病害を分類する」コンペを始めとする画像認識系コンペでの経験が生きています。
─なるほど、似たような課題というのはあるのですね。
徳竹:はい。例えば、「撮影距離、用意する学習データの枚数、考慮すべき気候・成長時期などのバリエーション」などを見積もる際に、コンペでデータと向き合った経験が活きています。そうした見積もりを立てる“勘どころ”の有無が、実案件では必要です。このあたりの知見はドメインが異なるテーマでも流用できるので、Kaggleで得た知見が役立つシーンは多いです。私自身も、シス研のメンバーと一緒にKaggleに参加したことで、この大切さに気づくことができましたね。
─データの分析・利活用を専門とするシス研やDXICの皆さんならではの視点ですね。
─KaggleはNSSOLのビジネスにどうつながっているのでしょうか。
山岡:Kaggleでの実績は公開されているので、それらの実績はクライアントにとってもひとつの安心材料になるかと思います。実際、私たちも「Kaggle Masterに担当してもらえるなら、NSSOLにお願いしたいです」と言われたことがあります。
太田:Kaggleでは、多種多様な課題が、データとセットで公開されています。さまざまな問題に触れることで、新しいドメインやタスクにチャレンジしていく足掛かりもなります。実際、生成モデルを構築するコンペで得た知見が案件で役に立ったことや、医療画像を扱うコンペに参加した経験が医療ドメインの共同研究の引き合いにつながったこともあります。
─「人材育成」の観点で役にも立つのでしょうか。
佐藤:人材育成という面では、私たちのグループでは社員を対象にデータ分析の研修を行うときに、コンペ形式のワークショップをとおして、NSSOLのデータ分析力の底上げを行っています。
─Kaggle GrandMaster、Masterが講師というのは心強いですね。NSSOLには制度的な面で支援はあるのでしょうか。
山岡:Kaggle特化の制度はありませんが、シス研には技術の習得に積極的に取り組むことを奨励する文化があるのが大きいですね。例えば、Google Colabの利用費用や書籍購入支援などはあります。他にもデータ分析グループでは「Kaggleなどの社外コンペにも積極的に挑戦して技術を得よう」という文化があります。
徳竹:私はシス研ではなく、事業部を経て現在DXICにいる人間ですが、NSSOL全体としてもKaggleをはじめとしたコンペや技術習得に挑戦する人を応援してくれる風土がありますね。
─挑戦を応援する良い文化ですね。
太田:データ分析に関わる者にとってKaggleは「自己研鑽の場」であり「交流の場」でもあり「遊びの場」でもあり、人それぞれの楽しみ方があります。敷居が高く感じる人は、まずは興味のあるデータを触ってみるところから始めてみると良いと思います。最近は社内でもKaggleに参加する人が増えてきていますが、もっと増えると良いですね。
─ありがとうございました。
岡田 拓郎氏
一般社団法人 金融データ活用推進協会 代表理事
デジタル庁 プロジェクトマネージャー
佐藤 市雄氏
一般社団法人 金融データ活用推進協会 理事 兼 企画出版委員会委員長
SBIホールディングス株式会社 社長室 ビッグデータ担当 次長
中橋 憲悟
日鉄ソリューションズ株式会社
金融ソリューション事業本部 営業本部長
近藤 隆之
日鉄ソリューションズ株式会社
金融ソリューション事業本部 営業本部
営業第三部 第2グループリーダー
金融業界全体のデータ活用水準を引き上げるには業界横断的な組織が必要だ――。こう感じている金融業界やシステムインテグレーターの31団体が集まり、2022年6月に「金融データ活用推進協会」が設立された(2022年12月1日時点、86団体)。同協会の理事と協会設立のきっかけとなった日鉄ソリューションズ(NSSOL)の担当者が語り合った。(文中敬称略)
岡田代表理事:率直に言って、金融業界のデータ活用は諸外国や他業界と比較して遅れ気味であると思います。ほかの業界の皆さんもそのように感じていると思うのですが。
金融業界のデータ活用は、AIを活用できている金融機関と、できていない金融機関に二極化してきている、という現状認識です。AIを活用できている金融機関でも、データ活用によって部分的成功は収めているものの、事業全体のブレークスルーが達成できたかというと、そこまでには至っていない場合が多いと感じています。
データ活用が遅れていてブレークスルーできていない金融業界の現状は、特に若い世代が敏感に感じ取っています。大学の先生と意見交換したときに、学生は金融業界をどう思っていますかと聞いたら、彼らは「金融はオワコンだ」と言っているそうです(笑)。これは事実としてしっかり受け止めないといけません。
このような状況を変えていくためには、最先端の取り組みや金融データの魅力をしっかりと外に発信して、それを面白いと感じてもらえる人にどんどん入ってきてもらい、金融業界全体の底上げをしていくことが重要だと思うのです。
「この業界を少しでも盛り上げていきたい」、「金融業界のAI・データ活用を一過性のブームで終わらせてはならない」という危機感を持っています。そういう強い思いがあって、協会に所属する理事・顧問の方々のお力添えの下、金融データ活用推進協会を立ち上げました。
佐藤理事:私も同じ思いです。金融業界を見渡したときに、データ活用のできている金融機関は何とか残れるけれども、できていない金融機関から瓦解していってしまうのではないか、と感じました。もしそうなってしまったら、残ることのできた金融機関であっても「金融業界は終わったな」と思われてしまうので、そのマイナスイメージの大きさは計り知れないのではないでしょうか。
そうならないためには、まだ走り始めていない金融機関がスタートを切れるようにすることが大切です。データ活用のすそ野が広がって、データ活用に長けたプレーヤーが増えていくことで、先に進んでいるプレーヤーが金融業界の枠を超えてブレークスルーしていく、というのが望ましい金融業界の姿だと考えています。
NSSOL中橋:システムインテグレーターの立場から金融業界を見ると、金融機関は多様なデータを持っていて、そのクオリティーや鮮度についても、すごく気を使われて運用されていると思います。
一方で、良質なデータを持っているのに、その活用については「もったいない」と感じることがあります。金融は経済の血流であり、いろいろな産業界と手を結ぶハブになり得る存在です。そこから新しいデータを得たり、つくり出したりでき、活用することもできるはずです。金融データ活用推進協会は、そうしたあらゆる業界を横断したデータ活用の機運を高めていくのではないかと注目しています。新しいデータのエコシステムを金融業界全体でつくり上げていったら、ブレークスルーを起こせるほどの大きな力になるのではないでしょうか。
岡田代表理事:金融データ活用推進協会を設立するきっかけとなったのは、2019年10月にNSSOLが主催した、エンタープライズAIプラットフォーム「DataRobot」のユーザー会でした。3年前は、金融機関同士で直接話し合う機会はまずなくて、そういうコミュニティーに何十回と参加しても、競合相手に手の内を話せないので、主にヒアリングをするというスタンスでした。だから、DataRobotのユーザー会に誘われた当初も、金融機関同士で何を話そうかと迷っていました。
ところが、このユーザー会に1回参加しただけで、これまでに参加したコミュニティー10回分ぐらいの成果が得られました。金融業界からの参加者5~6人を1テーブルに集めてのワールドカフェ形式でしたが、各テーブルでのNSSOLのファシリテーションが手厚く、金融機関同士が隠しごとなしで、お互いの課題や解決策を率直に話し合えたからです。
このユーザー会を通して、金融機関が集まって話し合うと最短ルートでデータ活用が進められるのだと気づきました。競合相手には手の内を話せないとか言っている場合ではないと。であれば、「もっと金融機関同士で話し合った方がいいよね」という話になって、3カ月後の2020年1月に佐藤さんと一緒に、金融データ活用推進協会の元となるコミュニティーを発足させました。
佐藤理事:そうですね。新型コロナウイルスが流行る前だったこともあり、ユーザー会が終わった後にすぐに飲み会をやろうという話になって、そこでデータ活用のコミュニティーをつくろう、と決まりました。
その後、当時のコミュニティーに対しては継続してNSSOLから活動を支援したいとのお声がけをいただいていました。さらにNSSOL以外のITベンダーからも、「そういう取り組みは全面的に推していきたい」という後押しをいただいたので、さらに活動を広げるため社団法人化し、現在に至っています。
NSSOL近藤:当社が金融機関様向けに提供するソリューションごとのユーザー会とか、金融機関の皆様が情報交換できる場というのは、これだけではなく、たくさんつくっているのですが、今、お話を伺って、そういう場の提供を続けてきたことが我々の価値の一つになっているということを、改めて嬉しく思います。
岡田代表理事:協会では今、3つのことに取り組んでいます。3つとも、とにかく「金融機関の実務目線」をすごく大事にしています。
岡田代表理事:1つめの取り組みは、金融業界全体で目指すAI/データ利活用に関する共通認識の醸成です。FinTechをやれとかAIをやれと上から言われたけれども、何をしていいのか分からない、という人は業界全体でかなり多いと思います。また、ある程度は分かっていても、得意分野でないと何をすればいいか分からない、という人は大手でも結構います。そうした人に向けて「金融AIの教科書」とすることができるものの作成を進めています。
2つめは、やはり人材の育成と発掘です。具体的には1000人以上の規模でのデータコンペティションを企画しています。参加者は与えられた課題に沿って、データの分析と活用の成果を競います。コンペに使われるデータは、金融機関の実データとほとんど同じ性質のものを人工的に生成します。本物に近いデータなので、金融機関のデータサイエンティストたちは、コンペを通して自身の業務に活かせるアイデアを持ち帰ってほしいですね。
また、参加者のすそ野を広げるため、オンラインでの開催として場所の制約をなくしています。地方銀行の方にもどんどん参加してほしいですね。ほかにも大学生や他業種の方をはじめとした、金融業界におけるデータ活用の当事者ではない人にもぜひ参加いただき、金融業界におけるデータ利活用が持つ可能性の大きさや魅力を感じてもらいたいと思っています。
協会の3つめの取り組みは、各金融機関におけるデータ利活用をする力をアセスメントできるようにする仕組みづくりです。実務に生かせるスキルを持った優秀な人がいても、金融機関という古い組織の中ではその人の能力を活かしきれない、という問題が起こる可能性があります。そこで、データ利活用推進のため金融機関はどんな組織であるべきかについて誰もが分かる形で示そうとしています。人材の育成、ガバナンス、データ基盤、データ活用などの7分野においてチェックシート形式で定義することで、それらに対する各金融機関の状況の可視化を目指しています。業界共通の「物差し」があれば、各金融機関の客観的な立ち位置も分かるようになります。
佐藤理事:協会の取り組みとして、発足当時のコミュニティー、NSSOLのユーザー会から続いているコミュニティーとしての役割も大事にしたいので、3つのことを「つないでいこう」と思っています。
佐藤理事:1つは産学官連携です。9月に開催した協会のMeetupにはデジタル庁、金融庁、日銀、金融機関が参加していただいています。また、大学とも積極的に話をしています。金融業界ですので、公官庁とのつながりは非常に重視して、対話していきたいと考えています。
2つめのつながりは、金融業界を支えてもらっているパートナー企業やベンチャー企業の皆さんとのつながりです。隔週で開いている金融機関やパートナー企業の勉強会や、3カ月に1回の協会全体のMeetupにも参加してもらい、交流の活性化を図っています。
3つめのつながりは、業界内ですね。最初のコミュニティーは、最先端のデータ活用に関心が高く、実際に業務でも関わっている層に閉じていましたが、それ以外にもいろいろなセグメントがあります。若手の方であったり、リースやクレジットカードなどの細かいセグメントでもっと金融機関同士が交流してもらえるような企画を立てています。
岡田代表理事:Meetupでは、皆さん活発に情報交換しています。一番盛り上がった話題は、システム環境についてでした。金融機関でいざデータを分析しようと思っても、セキュリティー上、越えるべきハードルが多いのです。データを手元に持ってくるだけでも、加工せずそのまま持ってきていいのかどうか上司の判断を仰いだり、実際に分析するときも、自身の環境ではインターネットに接続できないとか、オープンソースのツールやライブラリーが使えない、といった制約があったりします。活用するために、まず分析が必要ですがそこにたどり着くまでの道のりが結構険しい。
それを各社はどうやって乗り越えてきたのか、いろいろな話が出ました。うちはこのハードルを越えられていないけど、こっちはこう乗り越えたとか、コンプライアンス部門をこう説得したとか。20代の若手が中心になって、すごく生き生きと話していました。1時間の会だったのですけれど、あっという間に終わってしまって、「延長できないのですか」と聞かれるくらい盛り上がりました。
佐藤理事:こうした活動のなかで、協会のパートナーとして、NSSOLにはいろいろと期待しています。
私が勤めているSBIホールディングスでは、金融データの活用を通じた地方創生を戦略的に考えていて、地域金融機関と一緒に取り組むプロジェクトをいくつもやらせてもらっていました。そのときの経験で、データ活用に関係するシステムがきちんと動くとAI開発と改善のスピードが圧倒的に速い、というのを強く感じていました。
例えば仙台銀行では、「Mamecif(マメシフ)」という金融機関向けのリテール分析に特化したデータマートシステムを導入していました。NSSOLが開発していたのですが、Mamecifの個人顧客データを機械学習やいろいろな新しい手法で活用できそうだというアイデアを提案させてもらったところ、とても効果的な形で活用が進みました。ここ1年くらい、過去最高を更新するような高い成果を出せています。
そういった事例とか方法論をNSSOLの方から、協会と一緒に発信してもらい、こうすれば近道ですぐに成果が出せるという実例をどんどん一緒につくっていきたいと思っています。
NSSOL近藤:DXはデータに始まりデータで終わるので、データがすべてです。ただデータを扱うというのは、結構地道な部分もあります。そういう実務を知り抜いたファーストDXパートナーとして、データ活用の取り組みに当社のソリューションや個々のエンジニアが持っている技術や経験といった面でも貢献したいと考えています。
岡田代表理事:まさに成功事例の共有をNSSOLに望んでいます。データ活用のツールはいろいろあるのだけれども、どれを選んでいいか分からないという話はよくあります。そういうとき、ほかの金融機関で既にうまくいっているツールがあれば、それをそのまま使えばいいと考えています。同じツールでも、ビジネスとしてどう使うかというところで差別化できます。なので、うまくいっている事例を協会の中で共有することが一つ。
もう一つは、事例を共有したところで、それを実装できなければお勉強で終わってしまいます。協会の会員は金融機関がメインですが、NSSOLのようなビジネスパートナーと一緒にやっていくことで実装まで進めることができます。NSSOLは成功事例の共有と実装の両方ができるという立場から、協会の中でどんどん輪を広げていってほしい。
NSSOL近藤:協会の趣旨には本当に賛同していますので、それを実現するためのツールや成功事例などをぜひ提供させてもらいます。加えて、金融データを活用したDX推進や創出されたアイデアを基に事業化を支援する仕組みなども提供させてもらい、金融業界全体を一緒に盛り上げていきたいと思っています。
NSSOL中橋:特にこれからは、今あるデータの活用はもちろんのことながら、次の段階として今ないデータをどうやってつくるのか、どうやって集めるのかといったところも、より大きな活用のアイデアが出てきたときに必要になってきます。そうした「今存在していないデータをつくる・集める」といった取り組みにも、一緒に活動していきたいと思っています。
NSSOL中橋:例えば、地球温暖化問題に対して、これまで融資先の温室効果ガス排出量データとか、個人のスマートメーターから出てくる電力消費とかを集めて持っている金融機関はありませんでした。しかし今後は、投融資する際の重要な指標になっていくと考えられます。NSSOLはそのような場面でも貢献できると考えています。
産業のハブとしての金融機関が、そういったサプライチェーンを含めた企業活動の環境負荷や、個人の消費電力意識などをデータ化し、投融資の新たな指標に活用していくと大きなインパクトとなります。金融機関は、金融機能とデータの活用によって、世界の社会課題を解決する主要なプレーヤーになるという意味で、オワコンでは決してないと思っています。
岡田代表理事:今後の抱負を一言で言うと、金融をもっともっと面白くしたい(笑)。コンペでも教科書でも、一つひとつ「面白い」取り組みを増やしていくと、金融の魅力そのものが高まっていって、それが日本経済を強くすることに貢献できると思っています。日本を強くするためには、やはり金融業界が強くならないといけない。
協会の会員は31社でスタートし、毎月10社くらいずつ増えて現在86社です。この短期間ですごく増えてきましたが、3年後に400社ぐらいの会員にしていくことを一つの目安にしています。金融業界の主なところが協会に参加していただけると400社ぐらいになるイメージです。データが多ければ多いほど面白くなりますし、やはり業界横断でやりたいという思いがあります。この活動がいろいろな金融機関への刺激となり、各金融機関が活性化していってほしい。
NSSOL中橋:400社の金融データとデータ活用事例があつまる世界は、想像するだけでもわくわくしますね。
NSSOLとしては、金融機関様の、こういうビジネスアイデアを実現したいとか、こういう金融機能を使った社会課題解決をしたい、という新しいデータ活用の目的を共創しつつ、業務知見とデータテクノロジーを駆使しソリューションを提供できるファーストDXパートナーとして、金融業界の活性化に貢献していきたいと考えています。
左から、米倉 千晶さん、坂田 雄亮さん
システム開発業務は手作業による業務がまだ多く、その中でも3分1から4分の1を占めるのがテスト工程です。そのうちの半分を占めるとも言われているのがWeb画面テスト(E2Eテスト)です。そこで当社のシステム研究開発センター(以下、シス研)では、Web画面テスト自動化AI「Curatis(キュラティス)」を開発しました。開発の中心メンバーである米倉 千晶さん、坂田 雄亮さんに、Curatisの概要や今後の展望などを聞きました。
─最初にCuratisの開発に至る背景から聞かせてもらえますか。
米倉:システム開発の現場には、手作業で行っている業務が少なくないという現状があり、時間・費用どちらにおいても課題となっています。この手作業の部分を自動化することで、システムの素早い提供と工数の大幅な削減に貢献できると考えました。
坂田:中でも工程の3分の1から4分の1を占めるテストフェーズの自動化ができれば、システムの品質向上も見込め、特に恩恵が大きいだろうと。そこで、テストフェーズの半分ほどの作業ボリュームを占める「Web画面テスト」の自動化に着目しました(図1)。
─「Web画面テスト」とは、具体的にどういったテストなのですか?
米倉:Webアプリケーション開発の最終段階で、システムが期待通りに動作するかどうか、画面(UI)を実際に操作して確認するテストです。テスト内容が書かれた仕様書に従いながら画面を操作し、結果の妥当性を確認するとともにエビデンスとしてキャプチャした画面を記録して、怪しい結果があれば開発者などに報告します。
─たとえばどのような操作があるのですか?
坂田:多くのアプリケーションで共通している操作で説明すれば、ログイン時に必ず行う、アカウント・パスワードの入力などです。ECサイトであれば商品をカートに入れる、その後、カートにその商品が正しくカウントされているかどうかを確認する、といった具合です。
─なるほど、画面は絶えず変化しているイメージですから、テストの対象は膨大な数になりそうですね。
米倉:ええ。しかもテストは新たに機能を追加したり、仕様を変更した都度行いますから、おっしゃるとおり、膨大な作業量になります。
一例ですが、あるアプリケーションで5000ケースの画面テストを行う必要があったとします。具体的に人が操作する回数は3万5000回ほどになりますが、1日に操作できる回数は900回ほどなので、1人でテストをしようとすると40日もかかる計算になります。
─これまでなぜ、自動化されていなかったのですか?
坂田:テストを自動実行するためのプログラム(テストプログラム)を開発する動きはこれまでもありました。ただ、テストプログラムの量も膨大となるため、結局、手作業でテストするのと同じく労力がかかってしまいます。またテストプログラムをつくれる人材も限られていることから、あまり広まっていません。実際、画面テストを自動化しているプロジェクトは約13%にしか過ぎない、とのデータもあるほどです(図2)。
米倉:Web画面の操作を記録して再実行するという「レコード&プレイバック」機能を持ったテスト自動実行ツールもありますが、そうしたテストツールの対象は正常に動くシステムに限られます。そのため、新規開発プロジェクトでは基本的に使えません。
─そのような課題を解決したのがCuratisということですね。
米倉:Curatisの場合は、テストプログラムによる自動実行ではなく、テスト仕様書をAIが読み取り自動実行します。新規開発から使えますし、テストプログラムを用意する必要もありません。
坂田:テスト担当者の作業は、テストの内容(画面操作や期待される結果)が書かれたテスト仕様書、それもテキストベースのドキュメントを用意するだけ。あとはテスト仕様書をCuratisサーバーにアップロードすれば、CuratisのAIがテキストの内容を理解し、テストを自動実行します。操作結果も同時にキャプチャし、報告してくれます。
米倉:このような特徴があるため、非プログラマの方でも利用できます。テスト内容により異なりますが、テストプログラムを作成する場合に比べて、記述作業量が約6分の1に減少すると試算しています。
─技術的な裏側といいますか、Curatisがこれまで難しいとされていたテスト自動化を実現できたポイントは、どのあたりにあるのでしょうか。
坂田:マルチモーダルAIを搭載している点です。具体的には、自然言語処理AIと画像解析AIを備えています。テスト仕様書に書かれた操作指示や確認内容を柔軟に解釈し、また、その指示された操作をWeb画面のどこで行えばよいのかを推定してくれます(図4)。
米倉:アイコンなどの画像の意味も柔軟に解釈してくれます。たとえば「ゴミ箱アイコンをクリックする。」という操作指示があったとき、ゴミ箱アイコン要素に「これはゴミ箱アイコンです」という意味のテキスト情報が付与されていなくても、アイコン画像のみから意味を推測してどのアイコンをクリックすべきかを判断してくれます。
坂田:これらのAIが連携して、テスト仕様書に書かれた指示を的確に解釈してテストを実行していきます。実際にCuratisが自動でテストを行っている様子をデモ動画として紹介していますので、よろしければご覧ください。AIがテスト仕様書の操作指示文章を理解して、Web画面を操作しテストしていく様子をご覧いただけます。
─つまり大きくは自然言語処理AIと画像解析AIが目や脳となり、自動でテストをしていると。
米倉:ええ。複数種類の情報を統合して処理・判断するマルチモーダル深層学習技術が使われています。ただ、その仕組みは技術的な核になるため、詳しいことはお話しできませんが(苦笑)。ただ言えることは、これまでNSSOLが研究開発してきたAI技術のノウハウを活用しています。
─LumisisやCogminoですね。
坂田:AI技術だけではありません。SIerとして長年にわたり、システム開発高度化技術の研究開発で培ってきた技術や知見も大いに活かされています。Webアプリ開発におけるリグレッションテストを自動・省力化するためのOSSライブラリ「Pitalium」や、レガシーシステムのソースコードを分析する「Lacat」などです。
─なるほど。これまで長年にわたり研究開発してきた技術の蓄積があるからこそ生まれたと。ところで、どのようなWebアプリケーションでもテストできるのですか?
米倉:はい。これもCuratisの特徴のひとつですが、テスト対象のWebアプリケーションごとに個別のチューニングをする必要がない設計にしています。そのため、どんなWebアプリケーションであっても調整不要で、すぐにCuratisを利用できます。
─それこそWebアプリケーションごとに調整が必要では、手間がまたかかってしまいますものね。
坂田:実際、GitLabやWordPress、当社が開発したシステム等において、いくつものWebアプリケーションの分析や実験を行った上でCuratisの仕様をかためていきました。
一方で、汎用的なテストAIを作るという目標が、実際に仕組みを考案する上での難しさとなりました。AIを構築するためのデータ作成も、苦労ポイントのひとつでもありましたね。
─苦労はどうやって乗り越えたのですか?
米倉:まさしく先人の教えです。これまでシステム開発で実際に行ってきたテストの仕様書がNSSOLには大量にあります。このドキュメントを分析することで、リアルなデータを自動生成する方法を編み出し、乗り越えました。
坂田:ドキュメントだけでなく、実際にシステム開発に携わっている人にもヒアリングを行い、どの箇所を自動化したら負担が減るかなど、利用者にとって使い勝手のよいAIにすることも心がけました。
─Curatisの開発は、いつごろから取り組まれていたのですか。
米倉:私たち2人が明確にアサインされて動き出してからは1年ほどですが、構想自体は5年ほど前からあったと聞いています。自然言語処理に関する研究開発に力を入れるために、私たちが所属するCIG(コラボレーティブ・インテリジェンス・グループ)が立ち上がったのと同時期、というのが正しいところだと思います。
坂田:実は私は、そのCIGが立ち上がったばかりのときに、学生インターンとして同グループに一時期おりました。大学では機械学習を研究しており、テーマ自体や技術力に興味があったのはもちろんですが、メンバーの人柄が心地よく、助け合いの精神に溢れていたので、このような環境の中で研究を続けたいと思い、NSSOLに入社しました。
米倉:私も大学で自然言語処理を研究テーマとしていたので、同じようにシス研に興味を持ちました。研究領域だけでなく実社会で役立つシステムを開発し、社会に貢献するビジョンに共感したことも、私の場合は大きいですね。
─お2人ともお若いですが、5年前にできたグループだとメンバー全体の平均年齢も若いですか?
坂田:そうですね。11名からなるグループですが、グループリーダーを除くと、入社10年目のメンバーが一番上になります。それぞれが得意領域を研究しながらも、最近は特にCuratisのようなマルチモーダルAIの研究開発を行っています。
─自然言語処理、マルチモーダルAI以外にどのような技術を研究開発しているのですか。
米倉:AIを実際にシステムや業務で使えるようにするためのAIシステムアーキテクチャに関する研究開発などもしています。そのほか、こちらもマルチモーダルと親和性のある、ARやVRといった領域も手がけています。
坂田:まさにCuratisが体現していることですが、研究開発の指針となる私たちのグループのビジョンは、AIといった先端技術を使い、プロの技能がコアとなっている組織において労働人口の減少や競争激化が起こる中でも競争力を落とさないどころか逆に高めるような、そのようなチーム力アップに貢献することです。
米倉:グループ名のCIは「Collaborative Intelligence(コラボレーティブ・インテリジェンス)」の頭文字から取った言葉で、人とAIがお互いの知識を補完し合うとの意味で、私たちの取り組みの根幹そのものでもあります。
─今年の4月に発表したシス研の中長期目標である「未来目標」の②「業務を理解・実行する人工知能」の領域にも重なりますね。
─Curatisの現況について聞かせてください。
坂田:今、まさにお客様の実システムを対象に実証実験を行っているところです。B2Cシステムのアジャイル開発における結合テストにおいて、従来の人が行っていたテストをCuratisが代わりに自動実行する実証実験をしています。
─反応や成果はどうですか。
米倉:成果は正直これから、というところですが、現状、自動実行可能と見込まれる画面テストの8割は実際にCuratisで自動化できるだろう、との手応えを得ています。同時に、足りない機能なども浮かび上がってきたので、その知見を活かしてCuratisの改良を進めています。
─課題などは出てきていますか?
坂田:現在のCuratisのアーキテクチャはあくまでも第一歩として最小限の機能を実現し、価値を検証することを優先した設計のため、正直、洗練されているとはいえません。具体的には、パフォーマンス、運用保守性、セキュリティ面などです。今後は導入・運用・改良しやすいアーキテクチャにブラッシュアップしていくと同時に、 NSSOLの全システム開発プロジェクトでCuratisが活躍している状況に持っていくことが、当面の目標です。
米倉:次のステップとしてはテスト仕様書を自動作成できるAIなどを開発したいと考えています。
─もっと大きな話になりますが、設計業務自体の自動化などはどうですか?
坂田:人が仕様書を書いたらあとはAIが自動で読み込み、システムの開発まで担ってくれる。最終的には、そこまでのレベルの自動化ツールを開発できればと考えています。
生産年齢人口の減少や、労働環境を起因とした若者離れなど、日本のものづくり企業は諸々の課題に直面している。ものづくりを支える溶接の現場も同様だ。そうした中、人を主体とした新しいものづくり手法の開発に取り組むHCMIコンソーシアムと日本溶接協会、日鉄ソリューションズ(以下「NSSOL」)が、熟練の溶接技術者を育成するために、デジタル技術を利用した新しいシミュレーターの研究開発に取り組んでいる。その狙いや将来への期待をプロジェクトの中核メンバーが語った。(文中敬称略)
─ものづくりの現場では、デジタル技術を活用した自動化やロボットとの協働などへの取り組みが本格化してきました。「人」が主役となるものづくり革新推進コンソーシアム(Consortium for Human-Centric Manufacturing Innovation:HCMIコンソーシアム)のテーマも、「人」を主役とした考え方に基づく新しい、ものづくり手法の確立にあります。
岩井 匡代(以下、岩井):HCMIコンソーシアム事務局長の岩井 匡代です。HCMIコンソーシアムは2019年、産業技術総合研究所(産総研)の産学官共同プラットフォームとして始動しました。国内の製造業が直面する生産年齢人口の減少や消費者ニーズの多様化といった課題の解決を支援するためです。「大量生産のベースである機械に労働者が合わせる働き方から、労働者が主役となり機械をパートナーとして協働する働き方への転換」を2030年に向けた目標に掲げています。
岩井:生産年齢人口の減少は人手不足を引き起こすだけでなく、労働者も消費者であるために市場の縮小にも直結しています。人を主役とした、ものづくり手法を確立できれば、やりがいの向上を通じ、労働寿命の延長による人手不足の解消と同時に、市場の縮小回避が期待できます。機械には真似のできない柔軟な職人技による“変種変量”の、ものづくりに向けた道筋もつけられます。
しかし、ものづくりにおいて喫緊の課題になっているのは熟練技能工の育成です。熟練者が持つ技能の重要性は今後、さらに高まると考えられています。
ただ従来の“親方の技を盗む”形での技術習得では、熟練者自身が減り、廃業も相次いでいるだけに、育成が間に合わないリスクが現実味を帯びています。また、親方の腕がいくら良くても人には得手・不得手があるため「親方のやり方が絶対的に正しい」とは言い切れないことも悩ましい点です。
これらを踏まえHCMIコンソーシアムでは、熟練者の”経験や勘”を効率よく伝承する手法の確立に力を入れています。その一環として、多様な産業で使われる溶接に着目しました。そこで溶接協会にお声がけし、熟練者をより効果的に育成できる溶接シミュレーターの研究開発に着手しました。
水沼 渉(以下、水沼):日本溶接協会 専務理事の水沼 渉です。溶接は金属同士を接合するという、ものづくりの基盤技術であり、溶接なくして日本が得意とする製造業は成り立ちません。しかし、ものづくりの現場の海外移転などを背景に、国内の溶接技術者は減少してしまいました。ところが近年、溶接工程の国内回帰が進んでおり、溶接技能者の不足は深刻化しています。
水沼:熟練者のノウハウを喪失してしまうという危機感から、我々は熟練の溶接技術者が持つ技術・技能の伝承活動を改めて強化してきました。そこでわかったのが、熟練者の教え方は千差万別だということです。例えば、「仕上がりは一定レベルだが作業が速い」、あるいは逆に「作業は遅いが仕上がりがとてもきれい」といった違いです。熟練者のそれぞれが、自分に合ったやり方を工夫しながら技能を身に着けてきたからです。つまり、正しい溶接法は1つではないのです。
その前提で、学習者が効率的かつ前向きに技術を習得できるようにするには、個々人の身体的な特徴や性格なども考慮し、教え方そのものも学習者に合わせて変えることが望ましいということになります。ただ、従来の学習方法では学習者に合わせて最適化することが難しく、若手が訓練についていけないケースも残念ながら生じていました。
そんな状況下で、新しいシミュレーターを研究開発するという話は、まさに渡りに船でした。HCMIコンソーシアムが考えるシミュレーターであれば、学習者が“型”にはめられることなく、個性を生かしながら技能を伸ばせると確信したからです。仮想空間を利用することで、安全に、かつ材料を無駄にしない自発的なトレーニングが可能になります。まさに溶接の技術継承のDXと言っても過言ではないでしょう。
─既存の溶接シミュレーターは、どこに限界があったのでしょう。
水沼:溶接では、溶接池を適切に保てるように溶接用トーチ(溶接棒)の角度と速度、距離の3つをコントロールします。既存の溶接シミュレーターでは、正解としての角度と速度、距離に対し、トーチをどれだけ正しく動かせているかを測定しています。適切な溶接池ができる角度・速度・距離の組み合わせは色々ありますが、正解値から少しでも外れれば不正解になってしまうのです。これは、千差万別な親方の指導方法を再現しておらず、我々が考える個性を生かした技術習得には合致しません。
これに対し、研究開発中の溶接シミュレーターでは「効率的で、きれいな溶接」という現場の正解に向けて、いくつものやり方を試せるようになります。実際の結果を実現できる技術を磨ける点で、既存の溶接シミュレーターとは一線を画します。
青山 和浩(以下、青山):東京大学 工学系研究科 人工物工学研究センター 教授の青山 和浩です。研究開発中のシミュレーターを使ったトレーニングは、正しい溶接の方法がいくつもあることを許容し、応用力が高い技能習得が見込める点で極めて効果的です。
青山:溶接の機械化や自動化は、ずいぶん前から取り組みが進められてきました。そこでは、最適な溶接条件が求められ、確定であることが前提になっています。建設物や船、ロケットといった一品物の溶接や、作業環境が常に変化する屋外での溶接は多様であり、機械化のためには大掛かりな仕組みを導入しなければなりません。機械化の費用対効果を考えると、人が作業したほうが良く、人手による溶接作業がなくなることはないのではないかと思われます。
逆に言えば、人に任される溶接は、それだけ条件が複雑で多様だということです。製品構造の複雑化や素材の多様化に応じて、溶接技術者には今後、溶接する向きや姿勢、様々な溶接条件を最適に組み合わせて溶接できる能力が、ますます求められます。
ものづくりが高度化する中、素材の高機能化により溶接の仕方も日々、見直しが求められています。新しいシミュレーターでは、多様な素材を仮想世界で試すことで、種々の判断に必要な知見の獲得にも役立ちます。
─仮想世界を活用するシミュレーターとは、具体的にどのような仕組みなのでしょう。
笹尾 和宏(以下、笹尾):NSSOL 技術本部 システム研究開発センター デジタルツイン研究部 主席研究員の笹尾 和宏です。当社はHCMIコンソーシアムの設立企業の1社として今回の身体知に着目した溶接シミュレーターの研究開発プロジェクトに参加しています。
笹尾:研究開発中のシミュレーターでは、溶接に必要な勘やコツなど言語化しにくい暗黙知を個人差までをふまえて習得可能にすることを目指しています。そのために今回は、アーク熱等によって金属が融けて池のようになる「溶融池」の形状に着目しました。
溶融池の形状は溶接の品質を決める重要な項目です。溶融池は作業中、常に変化し続けています。最適な溶融池を得るには、溶接の速度や溶接棒を動かす速さ、当てる角度などがチェック項目になります。
求められる溶融池を適切に制御するための身体の動きをAI(人工知能)技術を使ってシミュレーションすることでトレーニングができるようにしています。
青山:溶接の品質にとって重要な溶融池は、材料特性や溶接条件などから物理的現象として計算できます。従来の溶接シミュレーターは、この計算が合っているかどうかに焦点を当ててきました。
新しい溶接シミュレーターでは、2つの機能を実現します。1つは、条件が同じなら結果も同じであるという溶接現象の物理シミュレーションの機能です。これは溶接現象を機械学習で代替するサロゲートモデルで実現します。
もう1つは、このサロゲートモデルで再現される物理現象と連動して、溶接技術者の身体の動きを評価する機能です。そこでは、溶接技術者の動きをセンシングし、事前に用意した動きのAIモデルと照らし合わせたり学習したりします。これら2つの機能を組み合わせることで、勘やコツといった暗黙知を仮想世界で体験し、学べるようになります。
笹尾:考え方は、スポーツのトレーニングと同じです。プロ選手は自身のフォームをビデオで常に確認しています。ただ我々は、上手な人のプレーを真似したつもりでも、期待する結果を出せません。野球でいえば、ボールがピッチャーからバッターに届くまでの短い時間で何を判断し見ているのか、その結果として、どこに重心を置き、どこに力を入れるのかといった実際の動きを、画像だけからはつかめないからです。プロ選手は、そうした力加減を体得しているため、フォームだけからでも身体の動きを再現できるのです。
これと同様のことを溶接に適用するのが今回の溶接シミュレーターです。溶接の難しさは、金属が溶ける状況を先読みし、それに合わせてリアルタイムに手を動かす点にあります。つまり溶接技術者は、金属と“格闘”しながら作業を進めています。その動きに対応した溶接現象を示すデータを大量に用意することで、実際の動きに基づいた溶接現象を仮想空間に再現します。
その際に、手本である熟練の溶接技術者のモデルとの差分を検出することで、より上達するためには、作業の動きをどう見直すべきかを個々人に提示できるようになります。その差分をシミュレーションにより身体で覚えられるようにするのです。
─研究開発はどの程度まで進んでいますか。
小野 友之(以下、小野):NSSOL 技術本部 システム研究開発センター デジタルツイン研究部 主任研究員の小野 友之です。人の動作に関しては、熟練者による現場作業データを元に学習したAIモデルと比較し、溶接訓練時の姿勢やトーチの動きの良し悪しを点数化できるようになっています。当然、溶接シミュレーターで溶接をした後には、自身の身体の動きを確認できます。そこでは、産総研が持つ、映像からのモーションキャプチャー技術などの研究成果やノウハウを活用しています。
小野:一方、溶接現象のAI予測モデルについては、改善すべき箇所がまだあります。例えば、溶接の結果データとして、半自動アーク溶接における下向きのデータは一定量取得できているのですが、このデータを熟練の動きと連動させるAIモデルの精度には改善余地があります。
溶融池についても、下向き以外の溶接姿勢である横向き、立向き、上向き、パイプといったバリエーションへの対応が課題です。ただ、これらは、データが蓄積されていくに伴っておのずと解消されるはずです。
笹尾:もう1つ頭を悩ませているのが、シミュレーション結果による学習効果の最大化です。身体技能は“コツ(自我を中心とした身体知)”と“カン(情況投射による身体知)”に分解できます。ですが、これらを言葉で伝えることは容易ではありませんし、お話してきたように体格や筋力など個人差もあり一律の型にはめるわけにもいきません。身体をどう動かすべきかを、より容易に、かつ正確に気づいてもらうためには、どんな情報やフィードバックを与えればよいのか。教育用ツールの命題として引き続き考えていかねばなりません。
岩井:我々の間では「一人の師匠に合わせるのではなく、豊富なデータという、いわば何人もの師匠の中から自分に合う師匠を学習する側が選べ、自ら学びながら成長できるシミュレーターに仕上げる」という認識を全員が共有しています。溶接の真理を突くシミュレーターという高い目標を持ち、一歩ずつ、しかし着実に歩みを進めています。
水沼:AI技術を使うことによる将来的な可能性は決して小さくありません。当協会には、溶接結果である溶接跡(ビード)を見ただけで「何がどう悪かったのか」を見抜く熟練者もいます。彼らの知見をAIモデルに取り込めれば、失敗原因を提示することで学習効果をさらに高められるはずです。溶接技術の底上げを促せれば、日本のものづくり能力の向上にも寄与できます。
身体の動きまで加味するシミュレーターは溶接以外にも、さまざまな場面に流用できるのではないでしょうか。
青山:生産技術の革新は常に進みますが、こと溶接においてはロボットも熟練者の動きを真似るものでしかなく、現時点では職人技に到底及びません。溶接技術のさらなる発展のためにも、新しいシミュレーターの可能性は計り知れません。
働き手にとっても、技術習得のメリットは小さくないはずです。本来、人は物理的にものを作ることに惹かれる存在です。最近のネット上では溶接の動画も人気を集めています。「溶接女子」を自称するアイドルも登場しています。実際に溶接はしなくても、若者がシミュレーターを使って趣味として溶接を楽しむことも十分に考えられます。
例えば、eスポーツの世界では、技術を磨き続ければ待遇が上がり、個人事業主でも年収1000万円超といった高収入を得られる道が開けています。溶接が好きだということが収入という成果につながるとなれば、溶接技術者のなり手が増えても不思議ではなく、人材不足の解消も期待できます。
水沼:新しいシミュレーターは溶接技術について実際に触れる機会を増やす有効なツールになるはずです。人材獲得の観点では、業界全体への女性の進出不足も課題の1つですが、溶接技術の巧拙に男女差は関係ありません。前述の溶接女子アイドルも相当に高い技術を持っています。日本溶接協会では「溶接女子会」を結成するなど、溶接技術への女性の関心を高め人材のすそ野を広げる活動に注力しています。少しずつですが女性の溶接技術者も増えています。
岩井:HCMIコンソーシアムとしても、そうした世界を是非、実現したいと考えています。そのためにはまず、広く利用してもらうことが第一です。低廉なクラウドサービスの提供も検討を始めています。
職人が多い日本は、人の動きなど実体を示す“ディープデータ”の宝庫です。日本の成長を牽引する財産であり、このシミュレーターは、その蓄積と活用のためのツールです。HCMIコンソーシアムでは今回の経験を基に、他の製造技術にも横展開することで、日本のものづくりにおけるディープデータの活用、ひいては競争力向上の支援に取り組んでいきます。
NSSOLの溶接技能伝承についてはこちらでも解説しています。
10~20年後の未来を展望したとき、ビジネスの成長とサステナブルな社会をつくり出すために、今、ITを使って取り組むべきことは何だろうか。日鉄ソリューションズのシステム研究開発センターは、最先端のテクノロジーによる諸課題の解決を目指し、3つのチャレンジングな「未来目標」を掲げた。
南 悦郎
日鉄ソリューションズ株式会社
フェロー
技術本部 システム研究開発センター所長
本格的な取り組みが始まったデジタルトランスフォーメーション(DX)では、「変化への対応」が主題の一つになっている。これまでにないスピードで変化している社会、ビジネス、技術などに追随していくためには、「変化に対応できるように自らを変化」させることが不可欠だ。
しかし、目の前にはたくさんの変化が起こっている。中長期的に見て、企業と情報システムはどの方向へ変化していくべきなのか、非常に分かりづらい状況だ。やみくもに先を急いでも、よい結果は得られない。
こうした状況を踏まえ、日鉄ソリューションズ システム研究開発センターは長年にわたって新技術の探索、評価・検証、企業への新技術導入支援をしてきた経験とノウハウを基に、企業情報システムや技術面で目指すべきことを3つの「未来目標」として描いた。それは①究極のデジタルツイン、②業務を理解して実行できる人工知能(AI)、③サステナブルな企業情報システムである(図1)。
これらは私たちシステム研究開発センターの研究目標であると同時に、企業情報システムの予想将来像でもある。かなりチャレンジングな目標なので、もしかしたら実現までに10年や20年はかかるかもしれない。しかし、いったん未来の目標を立て、目標から現在地を振り返ってみれば、「今できること」「まだできないこと」が明確になる。そして、「まだできないこと」を解決するための手法や技術を研究していけば、未来目標に向かって最短距離の道を進めるだろう。これが未来目標を立てた狙いである。
3つの未来目標に共通しているのは、ここ数年で私たちの価値観をがらりと変えた「サステナビリティ」の課題と密接にリンクしている点だ。サステナビリティに対する経営者のスタンスは、以前なら「ビジネスを成長させつつ、サステナビリティも大事なので配慮する」というものだった。だが今や、サステナビリティは社会やビジネスの主軸として意識されている。つまり、サステナビリティは「おまけ」として取り組むものではなく、経営の「メインターゲット」に昇格しているのだ。
加えて、消費者もサステナビリティを強く意識し始めている。レジ袋の有料化に対する態度変容はその好例だろう。10年前だったらかなり反発があっただろうが、今は普通に受け入れられている。企業も消費者も、社会全体の価値観がサステナブルな方向に動き出している。
これは決して一過性のトレンドではなく、数十年にわたって広がり続けると私たちは考えている。企業情報システムも、ビジネスの成長とサステナビリティの両立を目指していかなければならないだろう。
未来目標の1つめは、ビジネスに関係するすべての要素をデジタルの世界に転写して再現する「究極のデジタルツイン」である。
デジタルツインは、リアルに存在する「モノ(製品や生産設備など)」の形や属性、モノとモノの関係や構造、挙動などを、デジタル空間に忠実に再現した双子(ツイン)だ。蓄積したデータを使えば、過去のトラブルを再現したり、シミュレーションや最適化によって未来を予測したりできる。企業が生産効率や製品の品質を高めていくためには、デジタルツインのようなDXが威力を発揮する。
ただし、サステナビリティの観点では、この従来型デジタルツインには不十分な点がある。これまでのビジネスは財務を中心に考えてきたが、環境負荷や雇用、社会貢献など、企業活動が社会に及ぼす影響に対して責任を持つことが強く求められている。例えば環境負荷の点では、企業は負荷がどれくらいあるのか、数値化できていなかったもの、あるいは数値化が難しかった要素まで含めて可視化し、環境対策によってどのくらい負荷を減らせたのかをしっかりと説明していかなければならない。「モノ」以外に把握・分析しなければならない情報がたくさんあり、従来型デジタルツインではサステナビリティの要請に対応できない。
未来目標として掲げる「究極のデジタルツイン」は、単に「リアルの世界」にあるモノをデジタルの世界で再現するのではなく、ネットの世界のように「バーチャルの世界」にある多様なものや、消費者や従業員をはじめ、ビジネス・社会に関わる人々が頭の中で考えている「メンタルな世界」をも含めてデジタル化することを目指している(図2)。私たちのビジネスや社会はこれら3つの世界にまたがる形で存在しているからだ。
人が感じているリアルの世界は1つだとしても、その周辺にはたくさんのバーチャルな世界があり、それはリアルの世界を転写したものである。そして、形はなくとも人々は何かの考えに基づいて行動しており、リアルの世界に影響を及ぼしている。そうした人の考えや感情をよく理解するための仕組みも不可欠だろう。こうしたリアル、バーチャル、メンタルの世界を横断的につないで、リアルなビジネスにフィードバックする情報源とする点が「究極のデジタルツイン」の重要なところだ。
DXの観点でも、究極のデジタルツインが果たす役割は大きい。
DXの役割の1つは「壁を越えること」と考えている。具体的には物理的な隔たりや時間的な制約、論理的な壁(組織の壁など)を取り払うことである。例えば工場にある生産設備の稼働状況を本社から可視化する場合、カメラの映像を見るだけでなく、モノがどこにあり、どう動いているかをデジタルの世界で把握できる。VR(仮想現実)の技術を使ってその世界に入り込んだり、AR(拡張現実)の技術でリアルの世界に逆転写したりもできる。親会社の日本製鉄も「バーチャルワンミル」というコンセプトを掲げ、全国に遍在する製鉄所をあたかも一つの仮想的な製鉄所として運営しようとしている。これを支えるシステムもデジタルツインだ。
ただし、従来型のデジタルツインは、情報のセンシング、モデリング、可視化、分析、シミュレーション、最適化、制御(業務の自動実行)などの技術が別々になっていて、うまく連携していないのが実情だ。究極のデジタルツインでは、これらの技術を統合化して、情報のセンシングから制御(業務の自動実行)までをシームレスに実行できるようにすることが目標となっている。
2つめの未来目標は、人とAI(人工知能)の関係を大きく変える最もチャレンジングなテーマと考えている。「業務を理解して実行できるAI」というのは、私たちシステムインテグレーターの仕事で言うと、顧客企業で要件定義をして、システム設計をするようなAIである。どのような業務なのか、どんな文書を使っているか、どういうシステムの機能が必要か、既存システムがあれば、それはどんな内容なのかとAIが尋ね、ヒアリングした要件や技術資料などに従って新しいシステムを設計することをイメージしてほしい。
少し前までなら、こうした業務は人が担うしかなく、AIで自動化するなんて夢のような話と考えただろう。だが最近、画期的な新技術の登場によって、にわかに現実味を帯びてきた。
その新技術とは、米国の非営利AI研究組織OpenAIが開発した言語AI「GPT-3(Generative Pre-trained Transformer-3)」や「Codex」だ。いろいろな文章やソースコードを読み込ませて学習させた、巨大な機械学習モデルである。大学の数学科1年生の試験問題レベルなら、これらのAIが問題を理解し、解くための手段を考え、Pythonのコードを自動生成して答えを出す。グラフを描けという問題だったら、そのグラフを描く。かなり高度な知的作業と言えるだろうが、AIによる課題解決の道が開けた。この延長線上に、システム開発の上流工程を担えるAIをつくれるのではないかと考えている。
もちろん、企業情報システムの要件定義の方が難しい課題である。だが業務システムには、人にしか生み出せない創発的な要素が常に求められているわけではない。大部分は定型的な業務を自動化するロジックの集まりだ。解決方法にもパターンはある。ならば、巨大な機械学習モデルが数学の問題を解くように業務を理解し、ロジックを抽出してソースコードを自動生成できる可能性は十分にある。
私見だが、10年あれば「業務を理解して実行できるAI」の8割くらいは実現できるのではないかと考えている。そうなれば、人とAIの関係は大きく変わる。「機械がルーチンワークをこなして、人がそれ以外の仕事を担う」という従来の発想は陳腐化し、むしろ人にしかできないと思われていた設計業務や判断業務、計画業務などをターゲットにした自動化が進むだろう。そうなれば、一連の仕事の中で「ここは機械に処理させよう」と考えるのではなく、「どこを人が担当するか」という発想に変わっていくのではないだろうか。
AIで人の作業の一部を自動化していく取り組みは、サステナビリティの観点でも重要だ。これから人口が減るスピードが上がっていくのに、多くの人的リソースを投入してシステムを構築していく従来の手法は持続性に乏しい。システム開発需要に対して、開発者の供給が追い付かなくなるかもしれないからだ。そのためには、AIによる生産性の向上が欠かせない。
このチャレンジングな未来目標に向かい、当社は一歩ずつ研究成果を積み上げていく考えだ。間もなく発表する自動テストツールはその第1弾といえる。従来の自動テストツールは、ツールの仕様に合わせた「テストスクリプト」を記述してアプリケーションのテストを実行する仕組みになっている。だが、これから発表する自動テストツールは、テストの内容を「文章」で書いてあげれば、それを読んで理解し、実行してくれる。テストスクリプトの記述方法を知らなくても、テストしたい内容を伝えられれば、そこから先はAIに任せられる。AIによる業務理解と実行の能力は、すでにこのレベルにまでは到達している。
未来目標の3つめは、企業情報システム自体のサステナビリティを高めることだ。ビジネス環境や技術の変化に強く、長持ちするアーキテクチャーやプロセスの確立を目標としている。この目標は、システムインテグレーターの提供するDXとは何か、という問いへの答えを追求するものでもある。
過去を振り返ってみて、これまでの企業情報システムがサステナブルだったのかというと、全くそうではなかった。膨大なリソースを投入して開発した後、何年か運用すればまたつくり替えていた。変化への対応の際のアジリティーを高めつつ、全体性を失わずにシステムをサステナブルにするには、構成単位を小さくしたモジュラー構造にする必要があると考えている。
解決すべき課題として2つの場面を想定している。1つは、DXの取り組みで盛んになっているPoCから実運用へ向かう際に途中で止まることを減らすことだ。
PoCの「試しにやってみる」から「試しに実業務で使ってみる」という段階を経て、さらに「実際のシステムとして使う」という実運用に移行するときには、信頼性やセキュリティーといった技術面での課題や、法規制やガバナンス上の要件などが新たに出てくる。お試しでつくったシステムと実運用するシステムは、当然ながらその扱い方が全然違う。両者の間にはいくつもの壁があるので、そこをどう乗り越えるかが重要だ。小規模な修正で対応できればよいが、壁を乗り越えられない場合はシステムをつくり替えなくてはいけなくなる。
ではどうするべきか。PoCのプロトタイプシステムと実運用システムの間にどんな要件の差があるのかを洗い出し、PoCの段階から可能な限り把握して対応しておくことだ。この要件の差については現在研究中だが、PoCの身軽さを損なわない形で対応しようと考えている。
次のステップとして実運用に入った段階では、ビジネス環境の変化によってシステムが陳腐化し、大規模な修正やつくり替えが必要になってしまうリスクがある。ここでは特に、DXの一環として導入が進むAIについて考えてみたい。これが解決すべき2つめの場面だ。
今後の企業情報システムでは、ビジネスロジックやアプリケーションの適応的な挙動を機械学習で実装することが増えてくると予想している。機械学習モデルを組み込んだシステムでは、学習させたデータと同じデータが来れば適切に処理できる。しかし、ビジネス環境が学習させたときと比べて変わってきたときに、再学習させないと変化に追随できず、陳腐化してしまう。長く使えるシステムを実現するには、こうした再学習をタイムリーに自動実行する仕組みを実運用システムに組み込んでおく必要がある。もし、再学習の仕組みを実行しても変化に追随しきれないような状況になった場合には、自動的にアラートを発する仕組みも必要になる。
こうした機械学習モデルが企業情報システムの部品として適切に組み込まれていれば、それらがビジネスやシステムの挙動などを自ら監視して自らを適応させることで、ビジネス環境の変化に強いシステムを実現できる。
このように、ファーストDXパートナーとして必要となる技術を追求するために、これらの未来目標に向けて研究開発を進めていく。
「ALL NSSOL」―2021年8月に発表されたデジタル製造業ビジネスコンセプトのブランドである「PLANETARY/プラネタリー」の推進メンバーは、繰り返しこの言葉を強調します。そこには、製造業の進化を実現するため、誰もが「NSSOLだからこそ実現できるDXの価値」を明確にしたいという想いが込められていました。
ALL NSSOLで実現するデジタル製造業ビジネスのコンセプトブランド。これまでNSSOLが提供してきたさまざまなソリューションやサービスが集約され「意志(Will)のDXからDXの文化(Culture)へ」を実現していく4つのステージに整理されている。データやデジタルの力でビジネスの変革・統合、そして企業の壁を超えた進化を目指す「デジタル製造業」に関する議論の中で、「NSSOLが目指すDXの本質※は、製造業に留まらずあらゆる業界に共通する」という気づきとともに誕生した。
小林:2020年秋頃、産業SOLでデモを実施していた汎用的に使えるAI・データ分析ソリューションの今後の展開について議論するなかで、こういった特定のソリューション単体の宣伝ではなく「これがNSSOLのDXビジネスだ」と語れるような全社横断のDXコンセプトの必要性が話されました。この議論で全社のDXブランドの必要性を認識できたことがPLANETARY誕生につながりました。
その後2021年4月にMDXC※が発足し、デジタル製造業について説明する上で、やはりNSSOLの製造業におけるDXによる価値提供のストーリーを伝えられるブランドが欠かせないと、PLANETARYのプロジェクトが本格始動しました。
守本:私自身も、以前はNSSOLのDXビジネスの全体像を一言で表現する難しさを感じていました。「データの利活用を…」「AIや機械学習で…」とソリューション例を交えたり、「デジタルで業務変革を実現するもの」「SoI・SoEで事業を進化させるもの」と概念化したりすることで、DXの“枝葉”の部分は説明できます。しかし「NSSOLが、そのDXにどう貢献するのか」という点については、体系立てて説明できていなかったと感じます。
三ツ橋:NSSOLのDXにおける価値観を発信するキーワードとして、既に「ファーストDXパートナー」「X Integrator」があります。ですが、DXをもう一段階具体化した、複数のソリューションを束ねるビジネスコンセプトは、PLANETARY以前には存在していませんでしたよね。MDXCに異動し、PLANETARYブランドの立ち上げの話を聞いた時は、新鮮な印象を受けました。
小林:産業SOLでは、一度アカウントやプロジェクトに入ると、お客さまとNSSOL、その他プロジェクト関係者が一体となってゴールを目指す―それがホームチームになります。しかし、そのホームチームで培った知見を持ち帰って、NSSOL内で水平展開できるよう体系的に整理することには、なかなか時間も労力も割けずにいました。
共通部門としてのMDXCの役割の一つは、こうした水平展開の取り組みにしっかりとリソースをかけ、ナレッジの共有知化を推進していくことだと考えています。
小林:PLANETARYのストーリーをつくり込む過程において、当初は私自身が「産業SOLの視点」で考えていたため、一般製造業に広くアプローチできるようなコンセプトを検討していました。そこに日本製鉄での業務経験を持つ三ツ橋さんや笠井さんが検討メンバーに加わることで、ストーリーに変化が生まれました。
三ツ橋:各BUには、単一ソリューションによるビジネスや、システム構築後の運用は他のベンダーに任せるビジネスなど、顧客企業のシステム全体像のうち特定の部分や課題を点として捉えて、一定の期間のみ伴走するケースが多くあります。ところが鉄鋼SOLは、日本製鉄のシステム全体を面で捉えて対応しており、システムライフサイクルを考える際の時間軸も20〜30年かけて保守・運用するという長大なものです。そこに視点やビジネスモデルの特殊さがあると思っています。
笠井:鉄鋼SOLでは4年間、日本製鉄の人事労政部に出向し、業務統合と大規模システム開発の仕事をしていました。業務を学ぶため4カ月にわたり八幡製鉄所の現場で実務を行い、その経験をもとにシステム構成全体像を描いたり、統合業務フローをつくったりしましたが、その活動こそが「お客さまと共に考え、共に進化する」経験そのものでした。「一昼夜でできるものではないお客さまとの二人三脚の仕事」を身を持って経験したからこそ、製鉄業をはじめ製造業での深い業務知見を持つNSSOLなら二人三脚ができると確信できましたし、PLANETARYのコンセプトには本当にわくわくしました。
小林:PLANETARYのコンセプト策定にあたっては、視点もビジネスモデルも異なるBUのメンバーがそれぞれの考えを共有し、違うところと共通するところを丁寧に議論できました。その議論があったからこそ継ぎはぎのストーリーではなく、全社展開に必要となる要素を特定することができたと考えています。
笠井:私も途中からこの検討会に参加しましたが、話されていた内容に違和感がなく驚きました。むしろそこで話されているお客さまへの向き合い方に強く共感しました。PLANETARYはそれぞれが自身の持ち場でこれまで培ってきた「NSSOLマインド」とも言えるような想いが上手く引き出されたものになったと思っています。
三ツ橋:製造業を取り巻く社会課題への認識やお客さまにどういう価値提供をしたいかといったそもそもの価値観が、我々の根底で共通していると気づきました。日本の製造業にとって大事なことはなんだろうか、NSSOLはそこに、どんな価値を提供していきたいのだろうか―と。こうした価値観にまつわる議論を重ねたからこそ、PLANETARYのキーワード「WillからCultureへ」が生まれてきたと思います。
小林:「WillからCultureへ」のキーワードは、早い段階から出てきました。「DXを単発で行うのではなく、トランスフォーメーションを体質にしていこう」というねらいを込めたキーワードです。
守本:森田社長にPLANETARYの案をお話しした際に「日本製鉄に限らず多くの企業がDX戦略を掲げたけれど、それを事業環境が変化する中でも持続可能な、サステナブルなものにしていくことが重要」という想いを語ってくださいました。私たちメンバーも「あ、そうか」と、すっと腑に落ちたことを覚えています。
三ツ橋:やはり、明文化されていなくても、根底には同じような理解があったのだと思います。
笠井:NSSOLの各BUのメンバーは高い専門性を持っているからこそ、他のBUならではの知見を学んだり、ソリューションを組み合わせたりすることにもっと挑戦していいと思います。これまでは、あるソリューションをそのまま横展開することはあったものの、例えば「あるBUのソリューションAと、他BUのソリューションBを組み合わせて“新しいソリューションC”をつくる」という挑戦は、まだまだ数が少ない印象があります。
小林:確かに、現状よく聞くBU横断の例は「業務理解に強いBU×技術知見を蓄えているBU」という組み合わせで、異なる業界知見を組み合わせた挑戦は、なかなか耳にする機会が少ないです。
守本:お客さまのニーズ自体が、これまではドメインカット中心で「NSSOLの得意なドメイン知識で、この課題解決をやりたいです」というご相談が多かったですからね。しかし、これからDXやプラットフォームビジネスを推進する上では、ドメインカットではなく、ドメインを横断してユーザー体験をつくる価値提供が求められますよね。
小林:お客さま目線で見ると、これまで具体的な相談を中心にしていた会社に対して、まだ具体化されていない抽象度の高い相談はしづらいものですよね。
三ツ橋:私の知る範囲でも、まだ具体化されていない抽象度の高い相談が他社に行き、知らぬ間にDX案件が進んでいたこともしばしばありました。ALL NSSOLのポテンシャルを発揮していくためには、他BUとの連携で広がる可能性を誰もが理解し、NSSOLはあんなことも、こんなこともできると能動的にアピールしていく必要があります。
小林:NSSOLはシステム構築のパートナーだと認識しているお客さまに、いかに抽象度が高い相談―例えば「経営層からDXやるべしと言われているんですよ」といった、まずは話だけでも聞いてほしいという相談をお客さまからしていただけるかが重要です。その先はDXのテーマ創出やAngraecumによる事業企画などを提案できる。ですから最初の相談の糸口になる存在として、PLANETARYをアピールしていきたいと考えています。
守本:今でもBU間連携につながる連絡会はやっているものの、それでもまだBU間連携に課題意識を持つ人も多いです。人力ではなく仕組み、組織でBU連携をできるようにしたい。ALL NSSOLを目指す上で、まず私たちNSSOL自身が「WillからCultureへ」を実現していきたいです。
三ツ橋:理想は、事業部横断よりも、事業部やNSSOL内の壁を意識しないで価値提供できるようにしたい。巨大な製造業を支えるNSSOLは、「製造業のファーストDXパートナーだ」と高らかに言える企業を目指せると思っています。
笠井:「製造業のDXと言えばNSSOLだ」と言われたいですね。
小林:NSSOLのデジタル製造業のCoEとして、営業メンバーが提案に持ちこめるように各事業部の具体的なサービスやソリューションをPLANETARYに結合していくことが必要です。また過去の実績をPLANETARYコンセプトの文脈に沿って集約し、商品やソリューションをALL NSSOLブランドとして展開する活動にも注力したいと考えています。競合他社からPLANETARYがベンチマークにされ、ある意味“脅威”としてリサーチ対象になるようにしていきたいですね。
笠井:実は、日本製鉄に出向していた時、上司が「ALL 日本製鉄グループで面白いソリューションつくれないのかな」と常々話していました。製鉄、エンジニアリング、化学・素材…と多種多様な事業領域があり、さまざまなデータが手元にある環境です。その総力を結集すれば、世界と戦えるソリューションが生まれるかもしれないという夢も持っています。その起点にPLANETARYがなれたらという野望もあります。
三ツ橋:またNSSOLの多様性を生かす上で、BU横断のコーディネートにも取り組みたいですね。ALL NSSOLの価値提供を具現化するためには、事業部の知見を共有することが第一歩。さらに「共通の価値観」「共通のコンセプト」を言語化することが欠かせないと思います。今後、PLANETARYのコンセプトを社内にも浸透させるブランディングを進めていこうと思っています。PLANETARYを通じてNSSOLのDXビジネスを共通言語化していく取り組みを進め、ALL NSSOLが実現する価値提供を語れるようになるはじめの一歩としたいです。
独特の爽やかな香りで奈良時代から栽培されていたとされる“ゆず(柚子)”は、日本文化に根付いた伝統的な柑橘類の1つだ。国内トップのゆず生産量を誇る高知県にある北川村は、ゆず農業のさらなる振興に力を入れており、現在スマート農業実現に向けた実証プロジェクトに取り組んでいる。ドローンやロボットなどを活用した農作業の効率化と同時に、日鉄ソリューションズ(NSSOL)が製造現場に提供する作業者の安全管理技術と、そのノウハウを生かして農作業現場の“安心・安全”の確保を目指す。ゆず作りにデジタル技術を適用する狙いや期待を、プロジェクトの中核メンバーが語った。(文中敬称略)
─高知県は国内のゆず生産量の約5割を占めています。中でも北川村は国内有数の産地として知られ、海外への販路開拓にも先進的に取り組んでいます。
田所 正弥(以下、田所):土佐北川農園社長の田所 正弥です。北川村で育てている、ゆずの品質には大きな自信を持っています。ですが、ゆずの国内市場には限りがあるため、たとえ豊作になっても収入が上がりにくく、生産者として切実な悩みを抱えています。
その解決策を農協や行政と協議を進めるうちに、「ならば海外市場に目を向けてはどうか」という話になりました。北川村として2011年にはフランスで、高知県のゆずの賞味会も開きました。
田所:その後も食品見本市への出品などにより、北川村のゆずの品質の高さが各国に知られていきました。今では25カ国以上から引き合いが寄せられています。土佐北川農園で作るゆずは、EU(欧州連合)の厳しい基準をクリアしており、EU圏へは青果としても出荷しています。
私自身、北川村のゆずは世界に通用すると当時から確信していました。村のこれからを考えながら、世界中から求められるゆずの栽培を目指し、改めて力を入れているところです。
野見山 誉(以下、野見山):北川村副村長の野見山 誉です。私は2019年10月、農林水産省から出向し、現職に就きました。出向の当初目的は、北川村ならではの魅力的な子育て教育環境を構築し、地域活性化を図ることでした。そこから、地域に根差した教育にとって重要な地域資源であり、多くの村民の生業でもある、ゆず栽培の効率化にも携わるようになりました。
ゆず栽培は北川村の基幹産業です。ゆず農家が多いこの地で、子供たちが伸び伸びと育っていくためには、ゆず栽培で得られる収入によって安心して生計を立てられることが重要です。
そのためには売り手である農家側の努力も大切ですが、行政としてもしっかりとゆず農家を支援していく必要があります。その一環として中山間地域においても基盤整備事業ができるよう要件を緩和いただいた通称「北川モデル」を進めています。斜面に位置したり、細切れだったりするゆずの園地を大規模で機械化しやすい環境に改善しようとする取り組みです。
─北川モデルの延長としてスマート農業の実証プロジェクトがあるわけですね。
野見山:ゆず栽培は作業の大半を人手に頼っています。「ゆず農家はしんどい」というイメージが強く、北川村でも、ゆず栽培に取り組もうという若者は多くないのが現状です。こうした状況を乗り越え、ゆず栽培を持続的な産業としていくためには、人手だけに頼るのではなく先端技術を積極的に取り入れ、若者や子どもたちが将来に夢を持てる農業への進化が欠かせません。
赴任直後から「最新技術を活用したスマート化がゆず栽培の大きな武器になる」と、北川村のみなさんに訴えていたところ、田所社長や、スマート農業の支援経験があった日鉄ソリューションズ(NSSOL)などと知り合えました。
田所社長から、スマート化に向けた技術と知恵を試せる場所を提供していただけたことが、農林水産省が公募した「スマート農業技術の開発・実証プロジェクト」(課題番号:果2G07)への参加につながったのです。
正式な課題名は、「柑橘類の超省力・早期成園化実証を通した持続的中山間農業構築モデル事業の実証」で、農業・食品産業技術総合研究機構が事業主体になっています。
田所:私自身、土佐北川農園でゆずを扱い始めたのは15年ほど前のことで、それまでは、ゆず栽培の経験がなく当初は戸惑うことも少なくありませんでした。幸いにも指導してくださる方がいたため軌道に乗せることができました。そうしたゆず作りのノウハウを次世代に伝えていきたいという思いがあります。
高知県はビニールハウスなどを使った施設園芸が盛んで、そこではIoT(Internet of Things:モノのインターネット)などデジタル技術の活用が始まったと聞いていました。ただ、ゆず園のように屋外の畑で栽培する露地栽培では、まだまだスマート化の流れは起こっていませんでした。
そうした中で実証プロジェクトのお話を聞き、自分たちにも新しいことが起こせるのではないかとの期待から実証プロジェクトへの参加を決めました。
─実証プロジェクトの具体的な活動内容を教えてください。
野見山:本プロジェクトでは、ゆず農家の労働生産性の向上を柱に、2020年4月からの2年計画で、活用が見込める各種技術を土佐北川農園で幅広く検証しています。
具体的には、農薬散布などを目的としたドローンや、収穫したゆずを運ぶ自走搬送台車、収穫後に利用する画像センサー付き自動選果機などを取り入れています。負荷の高い人的な作業を少しでも機械が肩代わりすることで、効率を高めると同時に、作業者のストレス軽減にも寄与できないかと考えています。
例えば、ゆず栽培での農薬散布は毎年、4月から9月にかけ集中して実施します。しかし、傾斜地の険しい道をたどって農薬を運ぶだけでも一苦労です。散布時も、農薬が身体に付着するのを避けるため長袖・長ズボンを着用するので、とりわけ夏場の作業は過酷です。
これらの取り組みにより作業効率がどの程度向上しているのか、作業者のストレスがどの程度軽減できているかを測定するために、NSSOLの「安全見守りくん」を活用しています(図1)。同社から製造現場での利用方法の説明を聞いたり、導入に向けたアドバイスを受けたりして採用を決めました。
森屋 和喜(以下、森屋):NSSOL IoXソリューション事業推進部の森屋 和喜です。安全見守りくんは、工場など製造現場での安全・安心を確保するために開発・製品化した仕組みです。ウェアラブルデバイスで作業者の位置やバイタルデータなどを収集することで、遠隔地から作業者の状況をモニタリングし、異変をいち早く検知します。
製造業などに強みを持つ当社ですが、IoT/AI(人工知能)といった領域では、農業分野におけるデータ分析も手掛けています。そうした経験も踏まえ、安全見守りくんで収集した各種データから、スマート化の前後での作業効率の変化を分析・算出してはどうかと提案しました。
野見山:その安全見守りくんを2021年4月からは、従業員の見守り用途にも使っています。実証実験を続ける中で、田所社長から「作業者の安全確保に役立てられるのではないか」との相談を受けたのが、きっかけです。
安全確保は農業における重要課題の1つです。日本でも年間数百人の方が農作業中の事故で亡くなっています。その点で無視できない活用法だと判断し、作業効率の可視化に加え、安心・安全に向けた見守り機能の検証も始めました。
田所:ゆず園地は傾斜地であることが多く、肉体的につらい作業もあれば、作業中の転倒が大事故にもつながります。幸い、これまでにそうした事故は起きていませんが、熱中症などで作業中に倒れるようなこともゼロではありません。広い園地で作業者の状態や場所を把握できれば、万一の際にも迅速な対応につなげられます。
─安全見守りくんでは実際に、どんなデータをどうやって取得しているのでしょう。
高畑 紀宏(以下、高畑):NSSOL IoXソリューション事業推進部、高畑 紀宏です。実証プロジェクトでは、作業者全員にスマートウォッチを着用してもらい、位置データや加速度データ、脈拍データを取得することから始めました。
2021年4月からは、作業者に定期的な休憩や水分補給を促せるように、気温と湿度から簡易的にWBGT値(暑さ指数)を算出する環境センサーの装着も始めています。これらのデータは携帯電話網による転送を基本に集約していますが、園地内には携帯圏外のエリアもあるため、Wi-Fiによる無線通信環境を併用するようにしています。
安全見守りくんは工場での利用を想定したサービスであり、実証プロジェクトでも仕組み自体は大きく変更していません。ただ、データの分析・活用においては、農業での使い方を踏まえて調整しています。
例えば工場内では走ること自体が危険な行為として厳に禁止されています。そのため加速度センサーで大きな衝撃を捕捉すれば、それは事故の発生と捉え、監視用モニターに通知します。しかし園地では日常的な走ったり、トラックの荷台から飛び下りたりといった動作も、加速度センサーの値からは衝撃や転落として検知してしまいます。こうしたデータをどう判断するべきかといった点を農作業の実態に合わせて見直しています。
─安全見守りくんを使ってみての感想はいかがでしょうか。
小原 知紗(以下、小原):土佐北川農園でゆずの栽培に携わっている小原 知紗です。作業時の安心感は格段に増しています。作業者は園地内では離れて作業することが多く、これまでは休憩時間などに同僚が戻らないと心配して携帯電話で連絡したり、携帯がつながらなければ探しに出かけたりということも、しばしば起こっていたからです。
作業時にスマートウォッチや環境センサーを身に付けていることへの違和感は特にありません。
田所:農園の経営者として作業員の安全確保は大きな課題です。それが今は、各人の居場所についてモニターを一目見れば確認でき、スタッフ総出で探すこともなくなりました。車で移動中であれば、GPS(全地球測位システム)のデータから移動中のマークがモニターに表示されます(図2)。
大きな事故が発生しているわけではありませんが、最悪の場合も心拍データから作業員が危機的状況かどうかを判別できるという安心感はあります。
野見山:NSSOLによる改良によって、事故による転落だと判断できるほど強い衝撃が検出されれば、モニターにアラートが通知されるようになっています。今後も微調整を重ねることで、大事故の場合には即座に救急車を呼べるような仕組みができれば良いと考えています。
藤本 慎也(以下、藤本):NSSOL IoXソリューション事業推進部 藤本 慎也です。安全見守りくんは、安全確保のために複数の機能を備えています。例えば、危険な場所に立ち入ったことを位置データから検出し、作業員に知らせる機能です。
ただこれも、工場なら危険な場所を容易に設定できるのですが、残念ながら園地のどこが危険かまでは現時点では特定できていません。そのためのデータ分析を急いでいるところです。
一方で環境センサーのデータからは、農薬散布時の体感温度が外気より2~3度ほど高いことを突き止めました。今後も農作業ごとに細かな分析を続け、そこで得られた知見やノウハウを積み上げることで、農作業の安全確保にもできる限り早い段階で広く利用できるようしたいと考え取り組んでいます。
─当初の目的だった安全見守りくんのデータを使った、スマート化による作業効率改善の可視化については、効果が見えてきていますか。
野見山:非常に順調です。現在、NSSOLが最終的な取りまとめを進めています。2020年度の状況については、例えばドローンによる農薬散布では、人手による作業と比較して労働時間が8割削減できる可能性があることが数値として得られました。
安全見守りくんのデータからは、作業員が動いているか止まっているかも判別できます。2022年2月に提出予定の成果報告書では、そうしたデータも活用し、時間だけでなく質の面からも作業の改善度を評価したいと考えています。
─今後の展望について教えてください。
野見山:今回の実証実験は2022年3月末をもって、ひとまず終了します。ですが、北川村でのゆず農業のスマート化はむしろこれからが本番です。このプロジェクトによりスマート化の具体的な中身が徐々に周辺農家にも伝わり、村内でドローンによる農薬散布を試す農家が現れるなど、取り組みが広がりを見せつつあります。
多くの農業地域と同様に、北川村も農作業者の高齢化が進んでいます。今回実験した先端技術の活用を一層推進し、若者のゆず産業離れを食い止めるのはもちろんですが、高齢者が、ゆず栽培を続けられる環境を実現することで、北川村を世界に通じるゆずの産地として改めて盛り上げていくことが今後の目標です。
田所:若者がゆず栽培を始めようとしても、熟練者の経験は伝えにくいですし、経験に基づくやり方に納得できない場面も多いのだと思います。しかし、デジタル技術を使ったスマート化により、データや映像を活用した技術継承が可能になると期待しています。
海外への輸出においても、EU向けは使用できる農薬が厳しく制限されています。栽培時に細かなデータを蓄積することで基準に沿っていることを証明できるなど、データを収集・分析できることのメリットは大きいはずです。
そうした面を含めてNSSOLが持つ経験やノウハウに基づく協力が継続されることを期待しています。新たな農地整備が進む中、農業従事者とタッグを組むことでスマート化を追い風にした新たな活力を必ずや生み出せるのではないでしょうか。
※本記事は『デジタルクロス』(インプレス)の許可を得て再掲しています。
左から、岩田 泰士さん、鈴木 瑛二さん
事業部でSEとして活躍していた鈴木 瑛二さんは1年前にシステム研究開発センター(以下シス研)のデータ分析の研究グループに異動し、未経験だったデータ分析を持ち前の「自走」する力で勉強を重ねKDD Cupに入賞するまで実力をつけました。このようにNSSOLは今、社内のデータ分析人材の育成に注力しています。その取り組みの目指すこととは何か。グループリーダーの岩田 泰士さんも交えて話を伺いました。
―鈴木さん、KDD Cup10位に入賞。おめでとうございます。
鈴木:ありがとうございます。
―今回は一人で挑戦しての入賞。しかもシス研に異動になってまだ1年だとうかがっています。異動前からデータ分析に取り組んでいたのですか?
鈴木:いえ、全然(笑)。異動前は産業ソリューション事業部という主に製造業をお客様とする事業部でシステム開発の現場でSEをしていました。それがある日、お客様のDXを支援するためにもシス研でデータ分析技術を学んできてもらいたいと、シス研への異動の辞令が出たんです。
―どう思いましたか?
鈴木:私はもともと技術力を高めて会社に貢献したいと日ごろから言っていたので嬉しかったです。シス研は入社時に配属希望していた部署でしたし。異動と言ってもシス研が本務ですが、産業ソリューション事業部も兼務しています。
―今、シス研でどのような研究をしているんですか?
鈴木:特定の技術領域の研究というよりは、シス研の成果を事業部の実案件に適用できるようにシス研と産業ソリューション事業部のつなぎ役を担っています。
―つなぎ役というと例えば?
鈴木:お客様から画像の類似検索の話があったことを営業から相談されたときに、それならシス研にもありますよ、と紹介して案件化したり。
岩田:逆に事業部にシス研の研究テーマを紹介する場を設けてもらってディスカッションしたり。ビジネスのことも理解しているし研究テーマもよく知っている鈴木さんのような人材がいるとお客様の課題と技術のマッチングがスムーズにいくのでとても助かります。
―なるほど。そういう人材は貴重ですね。今回のKDD Cupのテーマである「異常検知」もシス研の研究テーマのひとつですか?
岩田:はい。私たちのグループでは数年前に一度体系的に調査した技術です。特に製造業のお客様から異常検知の相談をちょくちょくいただくので鈴木さんにも勉強をしてみたらと勧めました。
―では、KDD Cupのテーマは鈴木さんにとってまさにピッタリなテーマだったということですね。
鈴木:ちょうど勉強中でしたのでコンペにも自然に挑戦しようと思いました。
―では、KDD Cupのことについてお聞きします。今回解いた「マルチデータセットの時系列異常検知」とはどんな内容だったのですか?
鈴木:長さが1万~30万くらいの250種類の一次元時系列データが提示され、各データのどこか1箇所にある異常を答えるという問題です。その異常を検知する汎用的なアルゴリズムを考えろ、というものでした。
―なんのデータなんですか?
鈴木:それぞれのデータの内容については非公開でした。私たちにはデータのどこか1箇所に異常がある、という情報しか与えられませんでした。
―え、それだけ?鈴木さんはどう進めたのですか。
鈴木:まずは提示されたデータをダウンロードし、グラフにしました。すると一定時間に同じ現象が繰り返される、周期的なデータが多いことが分かりました。一方で周期性のないイレギュラーなデータもありました。
―まさに、マルチなデータセットだったんですね。
鈴木:はい。まずは周期的なデータに対応できるアルゴリズムを作成しようと、データを特定期間で区切り、平均的な形状を算出しました。その標準形状との差分が最も大きい区間が異常箇所だと判断するアルゴリズムをまず試しました。
岩田:「形状の類似性」を使った手法です。異常検知では他にも、予測モデルを作り、その予測と実際の値の差分で異常を検知するなど、さまざまな手法があります。
―ただ鈴木さんのアイデアだと、ホワイトボードに描かれた下部のグラフでは、異常検知はできないですよね?
鈴木:そうなんです。実際には、岩田さんが解説したように、さまざまな異常検知モデルを考え、それらを組み合わせていく流れで進めていきました。
岩田:アンサンブルですね。機械学習ではよく使う手法で、「モデルアンサンブル」と言われ、機械学習のモデルを組み合わせることで、汎用性を高める技術です。
鈴木:ただ、このアンサンブルが難しくて。あるデータには有効でも、別のデータでは当てはまらないということがありました。20ほどのアルゴリズムを試しましたが、結局アンサンブルしたのは2つでした。
―大会期間はどれくらいあったんですか?
鈴木:約2ヶ月です。1日1回回答を投稿できるのですが、私はほぼ毎日投稿していました。序盤はずっと6位だったんです。でもそこからスコアを伸ばせないまま他のチームがどんどん順位を上げていって。
―10位という成績についてはどう思っていますか?
鈴木:くやしいですね。大会が終わった後に上位の入賞者が自分の手法を発表するのですが、解法が自分と似ている人が多くて、自分ももう少し頑張れば、あとひと捻りあれば生み出せたのではと思ってしまいます。
―そこがくやしさのポイントですね。
鈴木:もちろんそのあと一歩二歩改善できるかどうかが、大きな実力の差なんですけどね(笑)。ただ、時系列データの研究を長年されている方と近い見解を持てた事は嬉しかったです。他にも、アンサンブルではなく1つのアルゴリズムだけで挑んだかなりアプローチの違うチームもあって学ぶことが多かったです。
―岩田さんは鈴木さんの健闘をどのように感じていますか?
岩田:KDD Cupの問題は、マルチデータセットというのが特殊でした。何にでも役に立つ異常検知って荒唐無稽なんです。それに1つのデータセットの中に異常データが1カ所しかない。そしてその異常データがどこにあるかわからない。こうした状況だと何を目標にアンサンブルすればいいかわからなくなるんですね。そういう難しい問題ではありましたが、鈴木さんは自分の勉強のためにコツコツと努力して、その結果10位入賞を果たしたというのは素晴らしいですし、当社の「異常検知」のPRに貢献してくれています。
―シス研の異常検知は、お客様に適用した事例はあるのですか?
岩田:実案件はいくつかあります。代表的なのは当社と同じ日本製鉄のグループ企業である日鉄エンジニアリング様の事例になります。異常検知プラットフォームを導入して工場内の発電機からデータを集めて異常があったら通知する機能まで含めたシステムです。
―異常検知の対象は製造業に特化しているのですか?
岩田:特化していると言えるまでには至っていませんが、ひとつひとつの案件に私たちが担保している技術を適材適所で組み合わせて提供しています。ただ異常検知って難しいところがあって。
―難しいとは?
岩田:そもそも設備の「異常」というものがおこりにくいんです。例えば、数年間のデータに2、3個の異常があったので、この異常を検知してほしいというお話をいただいたことがあります。しかし異常であるとわかるデータが2、3個だけでは汎用的な検知手法になっているか評価することが難しい。さらに、今後どれくらいの頻度で「異常」が起こるかもわからないので、投資対効果を測るのも難しいです。
―確かに、異常が起こる頻度がわからないならシステムを導入した費用対効果を測るのは難しいですね。
岩田:それでもお客様には課題感があって、たびたび異常検知の話がきます。更に難しい話として、異常の「兆候」をみつけたいという要望もよくいただきます。予防保全の分野ではCBM(Condition Based Maintenance)といって、異常の「兆候」が検出されたらすぐに修理するという考え方が注目されてきており、これがお客様の一番目指していることです。
―説明を聞いていると異常検知の難しさがわかりました。KDD Cupの問題も難しいなと思いましたが。実際の異常検知も難しいんですね。
―鈴木さんはKDD Cupに向けてどういう勉強をしたんですか?
鈴木:異常検知の本・論文を読んだりWeb上の技術記事サイトを見たり。あと岩田さんやシス研メンバーから異常検知で実装するときの便利なライブラリを教えてもらうなど技術面でアドバイスをいただきました。
岩田:鈴木さんはこちらがきっかけを与えれば、あとは勝手に自走するので、そこがすごいと思います。
鈴木:でもシス研のメンバーはみんなそうですよね。勉強会なども積極的に開くし、また参加もする。技術を吸収する文化が醸成しているシス研にいるからこそ私も周りにつられて自走できたのだと思っています。勉強のためにみんなコンペにもよく参加してます。
岩田:コンペに参加することが、一番成長が速い。みんな本気になると時間を忘れて夢中になるので、コンペは勉強がてら技術を磨くのにはよい機会なんです。シス研にはKDD Cupの他にもKaggleで日本トップクラスの人たちがいます。鈴木さんも他にNishikaの「航空機のエンジン寿命予測」といったコンペにも参加して5位をとってますよね。
鈴木:岩田さんもKDD Cupで2位になった実績がありますからね。
岩田:かなり前の話ですが、参加チームメンバに恵まれたこともあり、とてもいい経験でした。
―すごい!大先輩っているんですね。最後に今後の展望などがありましたらお聞かせください。
岩田:鈴木さんのような人材や事例を増やしたいと考えています。まさに鈴木さんが取り組んでいるように、事業部さらに、その先にいるお客様の課題解決に貢献していく。事業部とシス研のパスとなる人材が、より増えることを期待しています。
実際、そのような人材を増やすための取り組みもしています。シス研メンバーが講師となって全社に向けたデータ分析人材育成の研修を開催し、すでに数百人規模が受講しています。その参加者の中から鈴木さんように、事業部とシス研との橋渡しになる人材をピックアップできればいいなと、考えています。
―いわゆるDX人材ですね。
岩田:はい。こうしてパスができた事業ドメインに対しては、事業部やお客様の課題やニーズを発掘するとともに、その課題やニーズに対してシス研が直接挑んでいこうと思っています。こうした取り組みは次世代の研究テーマやシーズ発見にもつながると考えています。
鈴木:現時点ではまだ、AIが社会実装されているとは言えないと感じています。現在の活動を続けることで多くの事例を積み上げていき、日常業務の中でAIが組み込まれて仕事が回っていくような、そんな社会を実現したいと考えています。
―ありがとうございました。
NSSOLシステム研究開発センターは「研究成果が実用的であること」をポリシーとし、3年後のビジネス化に向けて最先端技術の研究開発を行っています。2021年春実施の研究成果発表会では、研究成果とともに実際のビジネス現場での適用事例を発表しました。本コラムでは、前編・後編に分け、その内容をお届けします。
前編では、南所長による全体概要および「データ活用分野」の研究テーマ内容を紹介します。
はじめに、NSSOLのDXの取り組みとそれを技術面から支えるシステム研究開発センターの紹介、今回の成果発表の内容について、技術本部システム研究開発センター所長の南悦郎から説明がありました。
【発表動画】全体概要はこちら
NSSOLでは、データ活用を通したDX推進において、データの収集⇒分析⇒活用⇒改善のサイクルの継続的繰り返しを通して、データ活用の高度化や適用領域を広げていくことが重要と考えています。今回紹介する「デジタルツイン」「最適化」「データマネジメント」はこのデータ活用ライフサイクルを支え、データ活用によるDXを実現するための取り組みです。
デジタルツインとは、現実世界のモノをデジタル世界の中に忠実に再現する技術であり、デジタル世界の中で現実に即したデータの俯瞰やシミュレーションによる活用が期待できます。私たちはこの技術を製造現場に適用するための研究開発に2015年から取り組んでいます。
製造現場では、作業員、エンジニア、あるいは経営層といった役割ごとに見ている範囲が異なるため、それぞれの立場によって現場認識が違うという問題が依然として生じています。こうした問題に対しデジタルツインを導入することにより、全員が製造現場のリアルな状況を共有できるようになります。
NSSOLではこのデジタルツインの技術を、広大な敷地を持つ屋外での製造現場で働く作業員の安全管理に適用することで作業員の安全を現場全体で見守る仕組み「安全見守りくん」として実現しています。
安全管理では作業員が今どこにいるのかといった位置情報は重要です。その測位技術として、屋外においてはGPSが一般的な技術として適用が進んでいます。一方屋内においてはスタンダードな測位技術は未だ確立されていません。そうした中で私たちはNFC(近距離無線通信)による絶対位置測位技術とAR(拡張現実)技術による相対位置測位技術を組み合わせることで、好条件下であれば測定誤差1m以内という高精度で屋内位置測位可能な技術を開発しました。この技術はスマートフォンとNFCカードさえあれば導入でき、事前学習不要で運用コストも抑えられるため手軽に利用できます。私たちはARを用いた測定手法について2020年度に日本製鉄の一部の現場での効果検証を行い、2021年度からは各製鉄所に導入する安全見守りくんへの随時適用を予定しています。安全見守りくんは環境の見守りや設備の見守りなど安全以外の目的でも導入実績を増やしています。
今後は、現場ごとのデジタルツインを高速に構築するためのプラットフォームや、デジタルツイン上で最適化、AI技術によるシミュレーションを行うことでデジタル世界上の未来予測を可能にする技術開発に取り組んでまいります。
【発表動画】デジタルツインはこちら
最適化技術は、計画やスケジュールなど今後どうするかを決める際に役立ちます。システム研究開発センターの最適化の研究開発は、日本製鉄の製造現場における多種多様な計画業務の支援を起源とし、すでに30年の歴史があります。現在ではその知見・経験を活かして、様々なお客様へ最適化ソリューションを展開しています。
アルゴリズムや計算機の進化により実用的な時間で最適な解が得られる最適化問題は増えています。しかし製造業の計画やスケジュールではコストや納期など複数の指標があり、どの指標を重視するかは市況の変化とともに変わるだけでなく在庫や注文など足元の状況によっても変わるため、最適化システムから得られた最適解は業務における最適ではない場合があります。最適化システムを用いた計画業務では、計画担当者が得られた解から業務における最適解に調整できる必要があり、そのためには解の納得感・説明性が重要になります。解の納得感・説明性が担保されていない従来にありがちな仕組みでは、計画担当者が得られた解のどこをどのように修正するべきか判断できない、あるいは計画を一から作るよりも苦労することがあるため、使えない、使い続けられないシステムとなってしまいます。
使い続けられる最適化システムという観点では解の納得感・説明性の他にも、最適化モデルを継続的にメンテナンスして適正な状態に保ち続ける必要があります。一方で、実用化後も最適化モデルをメンテナンスできる専門家が常に対応できる体制を作ることは簡単ではありません。これに対しては、データ活用によって解決することが世の中から期待されています。例えば、機械学習のようなAI技術を活用することで計画担当者のノウハウを学習し、最適化モデルを持続的に自動チューニングする仕組みが出てきています。しかしAI技術は計画立案業務ではまだ万能ではなく間違ったモデルになる可能性があります。また環境変化への追随は即時性を求められますが、AI技術による学習では即時対応ができません。したがって最終的には人が確認・修正を行い、意思決定する必要があります。
こうした状況に対し、システム研究開発センターでは、人が最終的な意思決定者であることを前提に「人とシステムが共存した形」での解決を考えました。計画担当者自身が理解可能なホワイトボックスな最適化モデルによって解の説明性を担保すること、またモデルに問題点があればそれを特定し改善する手助けをする仕組みを提供することで、計画担当者による持続的な最適化モデル改善が実現できると考えています。現在はこの仕組みを実現するための分析ツールにフォーカスをあてて研究開発を行っています。
【発表動画】最適化はこちら
データ活用ライフサイクルを円滑に回すために重要となる、ユーザーに必要なデータを届けるための取り組みである「データマネジメント」についてご紹介します。近年のデータ活用の現場では、サービス・組織横断での全体最適化や、ビジネススピードの向上に合わせた短期間でのデータ活用プロトタイプ作成といったニーズが高まっています。そのため、ユーザーが必要とするタイミングで、継続的に、利用しやすい形に整備してデータを提供することの重要性が高まっています。これらの取り組みや仕組みづくりのことを「データマネジメント」といい、多くの企業で取り組みが始まっています。
しかし、データマネジメントを成功させることは簡単ではありません。その原因として、例えばデータマネジメントに必要な体制検討が十分なされていないこと、作業の自動化・省力化ができていないことなどがあげられます。よってNSSOLでは「プロセス」と「技術」の両輪からの支援が必要だと考えています。
「プロセス」においては、DX&イノベーションセンターや各事業部が中心となり、お客様側のデータ利用者や情シスなどのデータ提供者、部門マネージャーや場合によっては経営層とも複数回にわたって議論し、それを通してステークホルダー間での課題共有と共通のゴールの形成を図っていきます。加えて、具体的な実施プラン検討においても、人、ポリシー、プロセス、IT技術の観点での実現手段の検討や、ユーザーの協力を得られるような理解度向上施策やメリットを実感してもらう取り組みなどの検討を実行しています。
「技術」においては、システム研究開発センターが中心となり技術開発に取り組んでいます。技術開発の対象となる課題は多岐にわたりますが、例えばデータの前処理に時間が掛かる、個人情報や機微情報を含むため活用できる用途に制限がある、データの意味を把握するのに時間が掛かるなどといった課題があります。本発表では、この中から「自然言語処理と機械学習による、データ前処理の自動化・省力化」と「安全なデータ流通のためのデータセキュリティー」について具体的な事例をあげながら紹介します。
【発表動画】データマネジメントはこちら
後編では、「アジリティ分野」の研究テーマを紹介します。